ファミリー企業の経営者とは「駅伝選手」である

この本の原書には「長期的スチュワードシップのためのベストプラクティス」という副題がついています。「スチュワードシップ」というのもまたファミリー企業に特有の概念です。詳しくは本書の第5章、第7章をお読みいただきたいのですが、なかなか日本語で説明するのが難しい言葉でもありますので、少し補足的に説明したいと思います。わたしなりの言葉で表現すると、スチュワードシップとは「自らを駅伝の選手のような者として捉える感覚」にあたります。

ふつうの会社の場合、株主はリターンを最重視するので、役員に対して利益を高めることを求め、それによって役員の報酬も決まります。ファミリービジネスの場合は短期的な利益の上昇よりも長期的なサステナビリティが重視されます。駅伝において「区間賞をとること」よりも「たすきをつなぐこと」のほうがより高次の目標であることと同じです。

もちろん区間賞はとれるにこしたことはありませんが、体調不良や悪天候のなかで記録にこだわりすぎるとブレーキや棄権のリスクも大きくなります。そこで迷わずたすきをつなぐことに集中できる――これがスチュワードシップの精神だと思います。ある企業にとって成長できるときは今ではなく次世代かもしれない。その場合、無理をしてでも利益を出すことではなく、いちばんいい状態で次につなげることのほうが長期的に見ればずっと意味のあることです。

スチュワードシップのある人は、「たすきをつなぐ」というファミリー企業としての目的が自身の目的と一体化しているために、自分の区間でどういう役割を果たせばよいのかをはっきりと自覚しています。区間が決まっているからこそ、その役割をよりよく果たせるという面もあります。区間賞をとるほど調子がいいからといって次の区間も走ることは許されない。だからこそ「つなぐ」ことに集中できるのです。

家業を引き継ぐことは「リスクの軽減された起業」である

本書では、ファミリービジネスにおける起業家精神についても述べられています。ファミリー企業の後継者は「伝統か、変化か」というジレンマを常に抱えていますが、このジレンマを乗り越えるには「伝統も、変化も」という捉えなおしが必要です。そこで欠かせないのが起業家精神です。家業を可能な限り最高の状態でつなぐことがファミリー企業経営者の使命ですが、創業者から代が下っていくにつれて「ただつなぐだけ」になってしまいがちです。事業と同様に起業家精神もつないでいくことが求められるのです。

ここからはわたしの持論ですが、ファミリー企業における起業家精神を醸成するには、制度的な後押しも必要だと思います。ただ受け継ぐだけでなく受け継いだものを活用して地域活性化に貢献させるための制度的な仕組みです。

ジャスティン・B・クレイグ、ケン・ムーア『ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論』(プレジデント社)

わたしはよくファミリービジネスの承継は「リスクの軽減された起業」という言い方をします。ベンチャー企業が躓く最大の要因は創業直後の短期的資金繰りに行き詰まることですが、すでにキャッシュが回っているファミリー企業はその点有利です。

一方で、ベンチャー企業にはないリスクもあります。ファミリー企業の後継者は銀行に個人保証を入れながら権限はなく、株式譲渡に伴う相続税にも備える必要があります。キャリアパスが見えないだけでなく、経済的な負担も覚悟しなくてはなりません。ファミリービジネスの理論を親子で学べる環境を整えるとともに、家業を引き継いで伸ばした人が報われる仕組みがあれば、日本経済の「埋もれた資源」であるファミリー企業を地域活性化や経済の底上げに活かす道が開かれることでしょう。

星野 佳路(ほしの・よしはる)
星野リゾート 代表
1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、コーネル大学大学院修士課程修了。91年に家業である星野温泉の4代目代表に就任。社名を星野リゾートに変更し、日本各地でホテルや旅館の運営を行う。
(撮影=大槻純一)
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