「企業を成長させる」より「手放す」ことが重要

ファミリー企業にとっての最重要事項は家業の「継続」です。本書でもファミリー企業が直面する3つの重要な問題を「一に後継者、二に後継者、三に後継者」という言葉で表しています。世代交代をどうやって計画実行するかという知識はきわめて重要です。

非ファミリー企業の場合は一定の評価制度のもとで競争原理が働き、比較的短期間で経営者が交代していきますが、ファミリー企業ではそうしたメカニズムは働きません。ファミリービジネスの先行研究では、承継計画、準備期間の存在が承継後の企業パフォーマンスに対して好影響を与えるということがわかっていますが、ほとんどのファミリー企業では、承継計画をつくって次世代に権限委譲するといったプロセスは存在せず、また、必要であるという認識もないのが実状です。

ファミリー企業の経営者の多くは、非ファミリー企業の経営者と同様に「企業を成長させること」が最も重要な役割だと思っていますが、実はそれと同様かそれ以上に重要なのが自分の仕事を「手放す」ことです。それを見事にやってこそファミリービジネスの経営者としての仕事が完成するのです。

本書の第6章では、ファミリー企業経営者の成長過程を説明していますが、その最終段階を「手放すことを学ぶ」としています。そのうえで、ファミリー企業の退任スタイルを次の4つに分類しています。

①帝王型 生涯にわたって経営者であることを望んでいる
②将軍型 退任するものの、いつかカムバックすることを企んでいる
③大使型 職務の大半は次世代に委譲し、「外交的な」役割に徹する
④ガバナー型 任期が決まっており、決められた退任日がある

こうして見ると、あの会社の経営者はこのタイプだとか、自分の会社はこうなっている、といったことがわかってきます。本書はこうしたモデルやフレームをいくつも提供しており、自社の状況をそこに当てはめて考えることができるようになっています。言うまでもなく、承継の成功度が高いのは③大使型か④ガバナー型ですが、この退任スタイルを実現するためには、CEOが元CEOになったときの役割を含めた引退計画をあらかじめ決めておくことが必要です。

問題解決よりも「問題の予防」に役立つ

経営職を継ぐだけがファミリーの役割ではありません。ファミリー企業でも規模が大きくなってくれば、経営はプロに任せていく部分が増えてきます。そうなった場合のファミリーの役割とは何か。これまではそうした本質的な問題にも手探りで考えていくしかありませんでした。実際、ファミリー企業どうしで経験や知識を共有することはまずありません。

そうしたある種の秘密主義も、同族経営に「骨肉の争い」は不可避であるかのような印象を生んでいるのだと思います。こうした「骨肉の争い」になると、当事者は往々にして「わが家・わが社に特有の問題」と思いがちですが、実はファミリービジネスにおいてはむしろ「ありふれた問題」であり、理論やノウハウである程度解決できるのです。

ただ、だれしも自分や家族の問題について客観的に見ることは難しい。そうしたとき、「ケーススタディ」で学ぶといったアプローチが役に立ちます。本書には、規模や業界の異なる数々のファミリー企業のケーススタディが掲載されており、そのいくつかに目を通すだけでも、いま自分が直面している問題はファミリー企業に共通するものであることがわかるでしょう。さまざまなケースから導き出された理論的フレームワークは、問題を解決するというよりもむしろ問題を予防するのに役立つと思います。

わたし自身もファミリービジネスのマネジメント理論の構築に少しでも寄与したいと思い、日本中のさまざまなファミリー企業を訪ねて対話を重ねてきていますが、他社の事例を知れば知るほど、答えがないと思い込んでいた問題に実は答えがあるのだ、ということを確信するようになりました。