イギリスの失業率は4%台。歴史的に最低の水準だ。人手不足で企業や飲食店などは経営が危ぶまれて、「難民でも誰でもいいから人を入れてくれ」という状況。「雇用を奪われるとブレグジットを煽ったのはどいつだ?」と怒っている経営者は少なくない。

イギリスの主な輸出品であるランドローバーや日産のクルマは、10%の関税をかけられて競争力を失う。ジャガー・ランドローバーは4000億円の引当金を積んで、さらに4500人の雇用削減を公表し、ホンダは21年までにイギリス工場を閉鎖すると発表した。「ブレグジットで何かいいことがあるのか?」「再投票させろ!」という声は日増しに強まっている。

EUに出した離脱届を一旦引っ込めるしかない

いくら離脱延期を繰り返しても、迷走して信任が地に落ちたメイ首相に有効な打開策は見出せないと私は思う。EUとしても、そう何度も離脱延期を認めるわけにはいかないだろう。メイ首相が第一にやらなければならないのは、EUに出した離脱届を一旦引っ込めることだ。EU側も1度提出した離脱届を引っ込めるのにEUの合意は要らない、というシグナルを送っている。

恥を忍んで離脱届を引っ込めて、時間をかけてブレグジットの損得を洗い出し、議論して、そのうえで再国民投票に持ち込む。離脱の緩和策が何通りも出ていて、ある1つの案に収束させることはもはや不可能である。

メイ首相は「自分は(もともと離脱に反対だったが)国民が離脱に投票したので、それを実現する任務を負っている」と言い続けてきた。離脱再延期の事態に至っても、「EUと協定を結び、できるだけ早く離脱する必要がある」と離脱協定にこだわっている。

頑固な首相が招く分裂という自殺行為

「今の国民はEUに残ることのメリットのほうが大きいと考えているのではないか」という発想に至らずに、キャメロン前首相が掛けたボタンをそのまま引き継いでいるのだ。紳士の国ではボタンの掛け違えを指摘する人もいないらしい。

賢明なはずの国の、頑固な女性首相が、2年以上前に自分に与えられた任務に忠実なあまり、その後の状況変化に気がつかずに目の前の崖から飛び降りようとしている。EU側は離脱届を引っ込めて再度国民投票することを密かに望んでいる。その場合にはかなり明確にEU残留、と結果が出てくるだろう。

分裂した保守党も、貧乏くじを引きたくない労働党も明確な方針を出せていないが、半年の猶予で“再投票派”が勢いを増しイギリスらしい英知を示すことを期待する。つまり大山鳴動してネズミ一匹出てこない――EUがイギリスにかなり長い時間的猶予を与えたのは、イギリスの七転八倒を見れば将来離脱に傾きかねない他の加盟国に対する明確な抑止力となる、と密かに思っているからである。

(構成=小川 剛 撮影=市来朋久 写真=EPA=時事)
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