「このままではなんともならない。閉鎖しようか」
シンガポールで業績を伸ばしている金融サービスの組織がある。大和証券シンガポールの富裕層向けサービスを行っているWCS(ウェルス・アンド・コーポレート・クライアント・ソリューションズ)だ。2011年までWCS(当時の名称はGFS:グローバル・ファイナンシャル・セールス)はたった3人しかいないセクションで、本社幹部は「このままではなんともならない。閉鎖しようか」と考えていた。
ところが、かつてそのセクションを率いていたひとりの幹部が「最後にもう一度だけ勝負させてくれ」と訴えた。
その男、岡裕則(現副社長)は戦略を立てた。まず、国内支店からトップ営業員を異動させた。彼らに「日本と同じようにおもてなしスピリットで営業しろ。人間として好かれる男になれ」と訓示した。すると、ドメスティック営業マンはシンガポールに赴任したとたん、夜討ち朝駆けの昭和スタイルの営業で奮戦したのである。
それから仲間は増えていった。いずれも国内から出た営業マンだ。彼らは頑張った。そして、大和証券本社と国内支店からサポートを受けた。それから10年。大和証券シンガポールのWCSは預かり資産1兆円を達成してしまったのである。
利益目標ではなく、「顧客の困りごと解決」を目指した
彼らの顧客はシンガポール人富裕層ではない。現地に移住した日本人富裕層だ。それまでは欧米系プライベートバンクがしっかりとつかんでいた顧客たちである。大和証券のドメスティック営業マンたちは昭和の営業スタイルとおもてなしスピリットで強大な海外資本のプライベートバンカーを打ち負かした。
彼らの勝因は利益目標を掲げたことではない。利益目標よりも「お客さまのために」という理念を実現することを目標にしたからだ。売り上げや利益を第一にしたのではなく、顧客の困りごとを解決することで、業績を上げたのである。
これは何も特別なことではない。数字だけを追っても結果はついてこない。人間は尻を叩かれても自らがやる気にならなければ仕事にのめり込むことはない。
営業現場では数字目標を掲げるより、理念を作り、それを守るほうがそれぞれの人間のやる気が出る。みんな、人が喜ぶ顔が見たいのだ。人に尽くして、人に喜んでもらうことが好きだ。大和証券シンガポールの営業マンたちは人に喜んでもらうために働いた。