それに対し、銀木犀西新井大師の管理者、麓玲子さんは、「銀木犀では、絶対に拘束をしません」と返した。麓さんは、可能な範囲で転倒のリスクを回避する方法を考えた。「100%の安全はありませんし、明日転ぶリスクもある。けれど、本人が動きたいのであれば、リスクを減らす方法を考えます。動いて危ないのであれば、動けるようにする方法を考えればいい」と家族に伝えた。娘も、「万が一転んでも大丈夫。リスクは承知。それよりも本人の尊厳を大事にしたい」と答えた。

本人の自由を奪わない生活

まずは、本人の生活環境と動線を確認した。床からの立ち上がりが難しい状況であったが、何かにつかまれば立ち上がれる。麓さんは、「認知症があっても、転びそうになった時は、本能で何かにつかまる。本能を活かせるように、近くにつかまれるものがあればいい。同じ転倒でも、つかまって転倒した場合は、衝撃も少ない」と話した。

そこで、部屋の動線に、福祉用具のポールを複数本立ててみた。初めはポールにつかまりながらはう状況だったが、徐々にポールをつたって歩くことができるようになった。2カ月後には歩行器で歩けるようになり、半年後には何も使用せずに歩いていた。その間、訪問リハビリや通所リハビリは利用していない。

退院から2年がたった今、本人は90代半ば。杖や歩行器を使用せずに歩いている。2年間で2回ほど、尻餅をつくことはあったが、負傷に至った転倒はない。自分の意思で自由に動けることが、最大のリハビリになった。拘束などの制限をする施設や病院であれば、ここまで回復しなかっただろう。

拘束をされない分、精神的ストレス負荷も最小限になる。麓さんは、「メンタルの安定に勝るリハビリはない。」と語る。“本人の自由を奪わない生活”は、普通のリハビリ以上の効果を発揮する。「管理よりも大切なものがある」と麓さんは言うが、その通りだろう。「高齢になって骨折したら、寝たきり」という常識は、医療従事者の決めつけにすぎなかったのかもしれない。