この事例のように、唯一の身寄りが遠方の90代の姉といった「事実上身寄りなし」の場合、リハビリ病院に転院した後、その先に入院できる病院や入所できる施設が見つかりにくい。老人保健施設を転々とすることもある。骨折からの回復がうまく行かなければ、死ぬまで拘束や鎮静をするような病院の空きを待つしかない。
身寄りがなければ、こうしたときに誰も守ってはくれないのだろうか。貯金があるからお金で解決できると、安心しきるのは考えものだ。有料老人ホームへの入居にあたっては、そこで人生の最期までを過ごすという終身契約であっても、具体的な契約内容を確認しておかなければならない。
看取りまでと言っても、どの程度のケアや医療対応を行ってくれるのか。経管栄養や人工透析、がんの終末期ケアなどは、対応できないとしている施設も少なくない。冒頭のケースの彼女は入居当時、認知症を発症していなかったが、入居後に認知症を発症した場合の対応についても事前に確認しておくべきだったのだろう。
管理者の方針で退去せずにすむケースも
この事例とは対照的なケースもある。東京都足立区のサービス付き高齢者住宅、銀木犀(ぎんもくせい)西新井大師に入居している、認知症を発症した90代の女性だ。
ある日、転倒してしまい、大腿骨頚部を骨折した。彼女は3カ月入院し、骨折の手術を受けた。彼女も認知症による認知機能の低下により、自身の状況が分からなかった。骨折をしたことも、患部を安静にするために動いてはいけないことも、理解できなかった。結局、入院中は先の女性と同様に、拘束をされていた。
病院は、治療を目的に入る場所であるため、入院中の安全管理は致し方ない部分がある。
しかし、その後の生活に管理は必要かと問われたら、どうだろうか。当然、誰も管理はされたくないはずだ。生活の場に戻ってからも拘束を受けることに、尊厳はない。
退院前、サービスを提供している支援者が集まり、今後の方針を話し合った。高齢者住宅に戻っても、再び転倒をするリスクはある。同居している夫も認知症を発症していたため、常に妻を見守ることは難しい。それでも娘は、「夫婦で生活させてあげだい。」と話した。さらに、「拘束をしてでもいいから、戻ってもらいたい。」と付け加えた。娘から、高齢者住宅の職員への気遣いだった。