ジョブズの感じた医療への違和感
ところで、なぜアップルウォッチは誕生したのか。そのきっかけにはジョブズが2003年に膵臓ガンと診断されたことが大きく関わっている。
入院してさまざまな検査を受けたジョブズは病院の非合理なシステムや対応に失望した。とくに憤慨したのは病院内のヘルスケアのシステムが共有化されずバラバラだったことだ。ガンの専門医や肝臓の専門医、痛みを和らげる専門家に栄養士、血液の専門医など、専門別のスペシャリストが入れ替わり立ち替わりジョブズを診断。検査結果を見てそれぞれ個別に対応していたことが、ジョブズは我慢できなかった。
患者のデータが、患者と医者など医療提供者との間できちんと連携されることが重要だと彼が痛感したのは当然だろう。
もともとジョブズは「デジタル・ハブ」という考えを2001年に打ち出していた。それは、我々の回りにあふれるデジタルカメラやDVDプレーヤーなど、多くのデジタル機器の中心(ハブ)となるのがパソコンでありMacだというものだ。このデジタル・ハブ宣言の数カ月後にiPodが登場し、アップルは本物の成功へと飛翔していった。
アップルウォッチが、我々の周りのさまざまなメディカル機器と患者と利用者をつなぐメディカル・ハブとして活躍する。その日が来るのはそう遠くないかもしれない。
妥協しないデザインチームとの熾烈な戦い
アップルの製品開発力の評価は高いが、他社とひときわ異なるポイントは「デザイン性の重視」にある。そのため、デザインチームの発言力は絶対的に強い。
アップルウォッチの開発でもそれは同じだ。ヘルスケア機能で主軸となる心拍数センサーの開発では、デザインチームと開発チームのバトルが繰り広げられた。
開発チームは心拍数を手首の内側で測定しようと「腕時計のバンドリストに心拍センサーを配置する」と開発会議で提案した。医学的に見てもこれは常識的な選択であった。
しかしこの案に対し、ジョブズが厚い信頼を置いていたジョナサン・アイブ率いるデザインチームはNOを突き付けた。「バンドリストは交換可能にしたいから、そこに心拍センサーは付けられない」とデザイン面で拒絶されたら、別の案を考え出すほかなかった。
懸命に知恵をしぼった開発チームは、思い切って手首の外側にセンサーをつけることにした。ただこの場合は、「リストバンドをきつく締めること」という条件をつけ、その点を会議で主張した時、デザインチームはまたもNOを突き付けたのだった。理由は「腕時計をそんなふうにつける人はいない」「みんな、腕時計は手首にかなり緩く付けている」という利用者の視点に立ってのことだった。
開発チームとデザインチームのバトルで生み出された心拍数センサーの精度の信頼性は、カリフォルニア大学やスタンフォード大学などがお墨付きを与えたほどだ。