2016年には「日立東大ラボ」を開設
すでに述べたように、産業がグローバル化するなかで、産業界では株主からのプレッシャーが強まっています。そして、企業はより短期的な成果を上げることに比重を置かざるを得ない状況になっています。しかし、企業の持続的な成長のためには、長期的なビジョンとそれを実現するための投資が不可欠です。だからこそ、今、大学の出番なのです。
大学の強みは、長期的な視点にもとづく基礎研究にあります。さらに、大学には、自然科学から人文社会系の学問まで、多様で幅広い分野の知のエキスパートが揃っています。研究成果を社会にどう活かすことができるのか、どのように経済活動に組みこんでいけるのかも提案することができます。
私たちはテクノロジーを活用してどんな未来社会を創りたいのか。いま、企業と大学が連携することで、社会に対してどのような新しい価値を提供できるか。どんな社会課題を解決できるか。そのために、いま、私たちは何をするべきか―。企業と大学の豊かな人的リソースを活用して、対等な立場で多様な人材が同じ場に集い、オープンディスカッションをしていくことが大事です。
こうしたディスカッションを通じて、解決すべき課題を明確化し、それに取り組むための共同研究を開始します。これが東大が目指す「産学協創」の形です。こうした考えのもとで、東大では2016年6月に株式会社日立製作所と「日立東大ラボ」を開設し、翌7月には日本電気株式会社(NEC)とパートナーシップ協定を結ぶことができました。
「大企業にいる卒業生」の能力を最大限活用したい
このように企業と大学が協創できれば、その活動を通して、社会をより良い方向に導くことに貢献できます。もちろん、企業の持続的な成長にもつながるでしょう。
産学協創は比較的大きな企業との関係を想定しています。実はこれにはもう一つの意味があります。東大はこれまで優秀な卒業生を日本の大企業に数多く送り出してきました。私自身、30年間の教員生活の中で100人近くの卒業生を送り出し、その多くが日本の産業界で活躍しています。手塩にかけて育てた学生たちですから、それぞれにどんな強みがあるか、私たちはよく分かっています。
産業構造が大きく変化するなかで、知識集約型の新しい価値創造を行うためには、大企業の人材の能力を最大限に活用するのが一番の近道だと考えています。大企業の価値がさらに高まれば、経済へのインパクトも大きいはずです。
産学協創で組織レベルの連携を進めたいと考えた背景には、こうした卒業生たちともう一度切磋琢磨して、彼ら彼女らの能力をもっと引き出したいという思いがあるのです。そして、企業のみなさんには、その舞台として大学をもっと活用してほしいのです。そうすれば日本社会の変革に向けて一層力強く前進できると私は考えています。
東京大学総長
1957年生まれ。1980年、東京大学理学部物理学科卒業。理学博士(東京大学)。光量子物理学を専攻。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授、東京大学大学院理学系研究科長・理学部長などを経て、2015年より第30代東京大学総長。日本学術会議会員、未来投資会議議員、中央教育審議会委員、科学技術・学術審議会委員、産業構造審議会委員、知的財産戦略本部本部員、一般社団法人国立大学協会理事(顧問)などを務める。著書に『変革を駆動する大学:社会との連携から協創へ』(東京大学出版会)がある。