会った後に「帰り道の幸せ感」を抱かせる人
ジャーナリストを志す人に、どんな本を勧めればいいか。ノンフィクション作家の後藤正治さんは「本田靖春の作品を勧めたいですね」と話す。
後藤正治さんは新作『拗ね者たらん』で、2004年に亡くなった本田靖春の「人」と「作品」を追った。生前に二度、会っている。初めての邂逅は30代で最初の単行本を上梓したとき。糖尿病を患う本田はすでに片目の視力を失っていたが、「僕は飲めないけれど」と、ビールを差し出してくれたという。
「私が『そう言わずに一杯ぜひ』とすすめたら、止められている酒を飲みかねない雰囲気でしてね。無頼派で博打好き、決して行儀正しくはない。でも、会った後に『帰り道の幸せ感』と表現したくなる気持ちを抱かせる人でした」
「取材をしていると、ときおり『今日は良い話を聞けたな』と思わせる魅力的な人に出会うことがあります。本田さんはまさにそういう人。話しながら何か温かいものが伝わってきて、否応なく人をほれさせてしまう魅力を感じました。以来、いつか本田さんのことを書いてみたい、という思いがあったんです」
自らも「売血」を行って、献血制度のきっかけを作った
1955年に読売新聞に入社した本田靖春は、社会部のエース記者として活躍した。とりわけ有名な仕事として語り継がれるのは、1964年の「黄色い血」追放キャンペーンの紙面での展開だ。
当時の日本では輸血用の血液の買い取りが行われており、売血を繰り返し行う者の赤血球の少ない血液は黄色かった。そうした血液は肝炎を引き起こす可能性があるだけではなく、輸血の効果もないため、大きな社会問題となっていた。
彼はこの問題に記者として熱心に取り組み、自らも売血を行っての調査報道で献血制度導入のきっかけを作った。その後はニューヨーク支局に勤務を経て1971年に読売新聞を退社。フリーのノンフィクション作家として数々の作品を残していくことになる。
代表作としては、『不当逮捕』と『誘拐』の2冊を挙げる人が多い。後藤さんもその一人だ。前者は戦後すぐの時代に数々のスクープを報じ、「天才」と呼ばれた読売新聞の記者・立松和博が、政治家の売春汚職報道をめぐって逮捕された顛末を描いた作品。後者は1963年の「吉展ちゃん事件」をテーマとしたもので、犯人の複雑な生い立ちやそれを追う刑事の人物像、当時の社会や組織のありさまを多面的に描いた傑作だ。