「水沢ダウン」のヒットで、デサント側にも自信があった
デサントは、国内を中心に高付加価値のブランドを自前で育てることにコミットしてきた。企業が競争力のあるブランドを育成するには、それなりの時間がかかる。その上で同社は、海外での成長戦略に取り組むことを目指してきた。
創業家出身の石本雅敏社長は、「水沢ダウン」のヒットなどを受けて、自らの考えに相応の自信があったはずだ。また、デサントは中国市場の開拓にも取り組んできた。その背景には、売り上げの50%を占める韓国事業への依存度を低下させ、収益源を分散させる狙いがあった。
石本氏には、短期間での中国事業へのコミットメントを求める伊藤忠の考えはリスクが高いと映ったはずだ。中国経済の先行きは不透明だ。加えて、短期間でグローバルブランドを目指せば、従来の製品よりも品質が低下するなどしてブランド価値が損なわれるとの危惧もあっただろう。
ついに「資本の論理」が「日本の企業風土」に勝った
両社は協議を重ねてきたが、折り合いはつかず、話がこじれてしまった。そのため、伊藤忠は敵対的TOBに踏み切った。これは「資本の論理」が「わが国の企業風土」に勝ったことを意味する。わが国における企業経営の常識が大きく変わりつつあると考える。
長年、わが国の企業は、融和を重視した経営を行ってきた。企業は波風を立てることを避けてきたともいえる。
企業の経営者と株主の利害が対立した場合、話し合いによる利害の調整が優先されることが多かった。背景には、多様な利害関係者(株主、地域社会、顧客など)の納得感や安心感が得られていない状況の中で経営の主導権を確保できたとしても、企業が多様なステークホルダーと長期の良好な関係を築くことは難しいとの考えがあった。
一方、伊藤忠は経済合理性(期待収益率の高いマーケットに進出し、シェアを押さえること)に強くこだわった。世界経済の中で相対的に高い成長率を維持し、人口が多い中国にビジネスチャンスがあることへの異論は少ないだろう。この考えの是非を問うべく、伊藤忠はデサントへの敵対的TOBに踏み切った。