現在の「一世一元の制」は伝統的とは言い切れない

ただ、ここまで説明してきたように、現在の元号制度が日本古来の歴史的な伝統に則したものかどうかと問われれば、明治より前と明治以降で大きく違うものと言わざるを得ない。最大の違いが「一世一元の制」である。

これは近代天皇制の成立とともに定められたものである。事実、明治天皇の父である孝明天皇の在位中には、「嘉永」「安政」「万延」「文久」「元治」「慶応」と6つの元号が使用されており、元号の“本家”である中国と比べても、日本のほうが頻繁に元号を変えていたくらいだ。

それらを踏まえると、「一世一元の制」による「明治」「大正」「昭和」「平成」という元号は、日本初の元号「大化」から「明治」までの1000年以上の歴史と比べたときに、古来の伝統に基づいているとも言いきれないであろう。

元号に対する国民の考え方が変わってきている

現在、元号一本化には根強い反対意見もある。明治期以降、「一世一元の制」になってからは、「国民の時間を天皇の生涯で区切るのはいかがなものか」といった論調で反対している人も少なくない。天皇崩御とともに改元することを思えば、そう言えなくもないだろう。

だが、今日、国民の大半は、自分たちの日常生活が天皇の生涯によって切り取られているとは思っていないのではないか。今回、天皇が皇太子に譲位する判断をされたことにともなって新元号に改められることに、あまり違和感を持たずにいる人がほとんどだろう。

だいぶ前のことになるが昭和43年(1968年)に、明治の改元から100年を記念して、政府主催の「明治百年祭」が企画され、さまざまな式典やイベントが行われた。これに当時の文化人、知識人、あるいは民主的な立場の人は反対していた。

ところが、平成30年(2018年)には、明治の改元から150年を記念して同じようなイベントも僅かに行われたが、前回のような反対意見はあまり聞かれなかった。元号に対する国民の考え方も、時代とともに変わってきていると私は感じている。