「役に立たないもの」には研究費は付かない

センスメイキング』は端的に言うと、今の世の中がアルゴリズム至上主義やSTEM至上主義(Science,Technology,Engineering and Mathematics:科学・技術・工学・数学)、データ至上主義に陥っていることに警鐘を鳴らす本ですよね。そして、本書が復権を唱える「知」とは、「意味」や「文脈」、「関係」を取り扱う人文科学の知を指します。ビジネスの文脈や具体例を通じて、構造主義や現象学といった人文科学の知を概観できる本です。

哲学や文学などの人文科学は、「役に立たないもの」として大学などの教育機関から切り捨てられつつあるとも感じます。マスビアウも僕も、こうした風潮に危機感を抱いています。冒頭に出したふたつの例も、その風潮を典型的に物語っています。

ここで難しいのが、人文社会科学系の研究者が陥りがちな罠に、すぐに「役に立たなくていいじゃないか」と開き直るところがあると思っています。

でも納税者や為政者の立場にたってみてください。また、世の中には、貧困や病で明日が見えない支援を必要とする人もいます。配分できる資源は限られています。そのとき、あなたが資源を配分せざるをえない人間だったら、何にお金をつけるのか。おそらく、「役に立たない」とひらきなおるものには、研究費はつきません。だからこそ、「意味づけ」を行わなくてはならないのです。

自分たちが研究する知見を「現在」に意味づけたり、人々に伝える努力をしなければなりません。「役に立ちません」と開き直る研究プロポーザルに、お金がついた事例を、僕は寡聞にして知りません。わたしは「人文社会科学の知は、役に立つ」と信じています。それは、凜々しく人々が生きていくための「体幹」のようなものを提供します。

「センスメイキング」とは文系からすると呪文のような言葉ですが、それを実践法や思考法と言い換えることで人文科学に基づいた方法論を伝えやすくしている。“単なる「薄いデータ」ではなく「厚いデータ」を”“GPSではなく北極星を”など、5つの切り口と事例で説明しています。

もちろん知っている人が読むと「ここで言われているのはフッサールの哲学だな」とか「こっちは構造主義的な考え方だ」というのはわかる。けれども、いきなり何も知らない人に「データだけではダメ、フッサールを読め!」と言ったところで、誰も読みません。「フッサール的な知見は役に立つ」ことをきちんと伝えていると思います。