「対立と混迷が深まるだけではないか」

次に読売新聞の社説(2月15日付)。「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の危険性を除去することが、基地問題の原点である。県民投票は長年の取り組みへの配慮を欠く。対立と混迷が深まるだけではないか」と書き出す。

見出しも「基地問題の混迷を憂慮する」だ。

「住宅地に囲まれた普天間は、住民を巻き込む事故の危険にさらされている。騒音被害も大きい」

「厳しい安全保障環境の中、抑止力を維持しつつ、住民生活に配慮する。辺野古移設は、この観点から、政府が米国と協議してまとめた実現可能な唯一の案である」

読売社説の主張は朝日社説とは正反対である。読売社説は辺野古移設問題を県民投票で問うこと自体を問題視する。

「住民投票は本来、市町村合併などの課題について、その地域の有権者の意見を聞くのが目的だ」

「安保政策は、国民の生命、財産と国土を守るため、国際情勢と外交関係を勘案し、政府が責任を持って進めるべきものである。住民投票にはなじまない」

国民生活と安保政策のどちらが大切なのか

沙鴎一歩は「なじまない」とまで言い切ることに疑問を抱く。安全保障とは国民の生活を守るものであるはずだ。国民である沖縄県民が住民投票で安保問題の是非を問うことに、どんな問題があるのだろうか。読売社説の主張だと、国民生活よりも安保政策のほうが大切なように受け取れる。本末転倒である。国民が安保政策に疎外されている。

読売社説は皮肉交じりに付け足す。

「条例制定を主導した政治勢力は、4月の衆院沖縄3区補欠選挙や夏の参院選を前に、移設反対派の結束を固めたい、という思惑があるのではないか」

むしろ自民党こそ、補欠選と参院選に悪影響を及ぼさないように静観しているのではないか。

橋本首相と大田氏の協議まで時間を巻き戻せ

読売社説は最後まで安倍政権を擁護する主張を展開する。

「1995年の米兵による少女暴行事件を受け、当時の橋本首相と大田昌秀沖縄県知事が協議し、普天間の返還や沖縄振興を進める方針で一致したのが出発点だ」

しかし政府と沖縄の関係はその後、悪化したではないか。橋本首相が宜野湾市の米軍普天間飛行場の県内移設で米国と合意し、大田氏がそれを拒否した経緯がある。どうして読売社説はそこに触れないのか。

「長年にわたり、政府と県は互いの立場を尊重しながら、移設計画に取り組んできた。この努力を無駄にすることは許されまい」

努力を無駄にしないのは、当然のことだ。橋本首相と大田氏の協議まで時間を戻し、その後のボタンの掛け違いを正さない限り、辺野古移設問題は解決しない。