最新の作家たちの名作

では佐伯泰英と並ぶ当代随一の書き手、山本一力の『あかね空』を冒頭に挙げてみよう。京都から江戸に出てきて苦労しながら店を構えた豆腐屋の二代にわたる物語である。昔はどこの家でもトラブルの一つや二つはあり、家族同士が協力して解決した。最近のように家族同士が殺し合うことなどなかった。今の私たちが必要としているのがまさに家族力であることを実感させてくれる。

家族の基本は夫婦であり、その原型が男女の恋である。与力の家に生まれた神林東吾と宿屋の若女将るいとの忍ぶ恋を描いた『御宿かわせみ』も絶品。昭和47年に第一作が書かれた、息の長い作品で、舞台は江戸から明治へと変わり、今は彼らの子供の世代の話になっている。

時代小説の、いわば華として登場するのが遊女である。哀話から出世譚まで物語のパターンはさまざまだが、吉原の花魁が客の旗本を殺して失踪するところから物語が始まるのが松井今朝子の『吉原手引草』だ。この作品は遊郭の実態をリアルに再現したばかりでなく、小説の基本が目に見えぬもの、つまりは人の思いを描くものであることを実感させてくれる。

昨年生誕100年を迎えた松本清張も時代小説を多く著した。代表作として『無宿人別帳』がある。無宿人とは、戸籍をなくし、法の庇護から見放された人たちを指す。彼自身、共産党の活動をして、刑務所に入ったこともあり、そうした経験が反映した作品である。

現代日本を映す合わせ鏡として読めるのが飯嶋和一の『出星前夜』である。島原の乱=キリシタン一揆という通念を翻し、苛斂誅求に怒った領民たちの反乱としてその顛末をリアルに描き出す。政治の無策ぶりを描いたという意味では、「髷をつけた現代小説」といえるだろう。

時代小説版の「プロジェクトX」ともいえるのが山本兼一の『火天の城』だ。信長による安土城建設の物語であり、匠の国、日本の原型が描かれている。

(荻野進介=構成 市来朋久=撮影)