『大家さんと僕』がベストセラーとなったお笑いコンビ・カラテカの矢部太郎さんは、自称「口下手芸人」だ。だが手塚治虫賞の受賞式では、感動的なスピーチを行い、激賞された。なにがあったのか。トップ・プレゼン・コンサルタントの永井千佳氏は「人前で話をするときには、緊張を隠すよりも、緊張を活かしたほうがいい」と解説する――。

※本稿は、永井千佳『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議)の一部を再編集したものです。

2018年12月05日、「Yahoo!検索大賞2018」作家部門賞に決まったお笑いコンビ・カラテカの矢部太郎さん(写真=時事通信フォト)

リラックスした本番で「調子悪いの?」

お笑いコンビ・カラテカの矢部太郎さんは、芸人が本業ですが、「人前でうまくしゃべることが苦手」と自認しています。しかし、2018年6月、コミックエッセイ『大家さんと僕』で手塚治虫文化賞短編賞を受賞した際、その熱く真摯なスピーチは会場中を感動させました。

人生何があるか分からないとよく言いますが、中学生の頃、図書室でひとりで『火の鳥』を読んでいた僕が、いまここにいるなんて思いもよらなかったですし、芸人になって長く経ち、次第にすり減り、人生の斜陽を感じていた僕がいま、ここにこうしていることも、半年前には想像もつきませんでした。

それでも、あの頃、全力で漫画を読んでいたこととか、芸人として仕事をして創作に関わってきたこととか、子供の頃、絵を描く仕事をする父の背中を見ていたこととか、なんだかすべては無駄ではなく、繋がっている気がしています。それは僕だけじゃなく、みんながそうなのではないかとも思います。

お笑い芸人が僕の本業なのですが、人前でうまくしゃべることが苦手です。そんな「うまく言葉にできない気持ち」を、これからも少しでも漫画で描いていけたらと思っています。

本日は本当にありがとうございました。

※Book Bang編集部「口下手なカラテカ・矢部太郎の言葉に会場中が号泣! 手塚治虫賞贈呈式の受賞スピーチ全文」(2018年6月20日掲載)より

実は私も矢部太郎さんに負けないほど緊張するタイプでした。そんな私がピアニストとして舞台に立って演奏活動をしながら、「緊張しなければ、きっといい演奏ができるはず」「緊張をなんとか克服したい」と悪戦苦闘していた頃のことです。

ピアノの演奏会というものは、とにもかくにも緊張するものです。

「今日は本番だ」と思うと、朝起きた瞬間から緊張してきます。

永井千佳『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議)

でもあるとき、本番の前なのにまったく緊張してくる気配がなく、「なんだかリラックスしてできそうだ」と思ったことがありました。いつもなら本番直前はガタガタ震えるほど緊張するのに、普段と変わらない状態。本番が始まっても、いつものように恐ろしい緊張が襲ってきません。

「今日はリラックスしてできた。そうか、これだったのか!」

そのときは、緊張を克服する方法が分かったような気がしました。

しかし、終わってみるとお客さんの反応が悪いのです。アンケートの結果もよくありません。数人の知り合いから「今日はどうした?」「調子悪いの?」と言われてしまったのです。