帰国後、そのブランドから試験オーダーが。生地サンプルが気に入られ、ミラノ・コレクション用に正式なオーダーが入りました。コレクション用に500~600メートルを納品すると「量産するプレタポルテに使うことになったら、これの10倍になりますよ」と言われたそうです。

「でも、そううまくはいかない(笑)。コレクション用にシーズンごとに買ってくださいましたが、プレタポルテは難しかった。それにコレクションは春夏、秋冬と年に2回だけ。経費は回収できますが、大儲けにはなりません。しかも、ファッションは毎回違うものを発表するものですから、こちらも毎回違うサンプルを出さなければならないんですよね」

厳しい条件でしたが、それが切り口になり、「相手のニーズ」を満たすコツを学んだことで評判を呼び、最初にミラノで展示会に参加してから5年後には、300社以上の名刺が集まりました。北陸の伝統工芸の高い技術がミラノで売れたのです。

「自社製品の“置き場所”を見極めることが大切だと思います」――これは自社製品を売る顧客を定義し、その顧客のカラーに合わせた提案力を持ち、下請けから代えの利かないパートナーになる、という意味です。

中小企業にとって海外市場は近い

パリ・オペラ座のバレエ衣裳に採用されるなど、天女の羽衣の可能性は広がっています。今、天池社長が海外のラグジュアリーブランドを訪れると、殺風景な会議室ではなく、応接室に通されるようになりました。それはプレミアムなブランドの価値を高めてくれるパートナーの1人になったことを意味します。

成功のきっかけは“創発的”な出合いから生まれるものです。天池合繊の戦略も天池社長の頭の中だけで成し遂げたものではなく、社員や取引先、展示会など、さまざまな場における“ワイガヤ”からヒントを得てひらめいたり、育まれたりしたもの。海外進出もそうでした。

そして実は、中小企業にとって「海外市場は近い」ことが多い。巨大なグローバル企業と違い、ニッチな得意分野で真っ向勝負ができるからです。衰退ステージにある産業では、匠の技と最新機械のバランスを考えながら、自社で一貫してつくり上げられる製品が武器となります。現在、天池合繊の売り上げの4割が天女の羽衣。アパレルマーケットが軸ですが、産業資材として使用が可能になれば、将来的に車や医療などの分野でも大きな需要がありそうです。

ラグジュアリーブランドのパートナーに
●本社所在地:石川県七尾市
●従業員数:40名
●社長:天池源受(1955年生まれ、2代目。同業他社での修業を経て81年入社。2001年より現職)
●沿革:56年、現社長の父、誠一が創業。非上場。織物製造(請負委託加工)、天女の羽衣(生地製造)、天女の羽衣スカーフ(卸販売)、インテリアカーテン、スポーツ・各種資材用織物の製造を手掛ける。髪の毛の5分の1の超極細糸を織り上げる技術は世界随一。
磯辺剛彦
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科教授
1958年生まれ。81年慶應義塾大学経済学部卒業、井筒屋入社。96年経営学博士(慶大)。流通科学大学、神戸大学経済経営研究所を経て2007年より現職。企業経営研究所(スルガ銀行)所長を兼務。専門は経営戦略論、国際経営論、中堅企業論。
(構成=中沢明子 撮影=永井 浩)
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