ところが、2000年代に入るとさらに注文が激減。危機感を募らせていたところへ、大手メーカーからプラズマテレビ用の産業資材「シールド」の下請け仕事が入りました。

自社で一貫してつくり上げられる●「天女の羽衣」のスカーフ、ショール(写真上)。水の噴射力で緯糸を挿入する織機「ウォータージェットルーム」(同下)。

もっとも、持ち込まれたのは、開発した原糸メーカーが3年かけても製品化できなかった、7デニールという世界一の細さを持つ糸でした。

技術力を買われたとはいえ、天池がそれまで扱っていた最も細い糸が15デニール。7デニールといえば髪の毛の5分の1の細さです。下手な織り方では途中で切れてしまいます。

しかし同社は、「受注できれば、会社を立て直せる」と見て銀行から融資を受け、億単位の設備投資を行います。数々の技術的な困難を乗り越えて製品化にこぎつけたのです。ところがその矢先、依頼主のメーカーが倒産。借金とシールドを織れる最先端技術を手にして、天池社長は初めて“営業”の必要性に迫られたのでした。

技術さえ磨いていればよかった下請け企業が、これまで考えたこともなかった「誰に、何を売るか」。産業資材以外の用途なら卸せるという原糸メーカーから糸を買って作れるもの。それは「服地」でした。

提案の仕方次第で、パートナーに“昇格”

「百貨店に“この生地を使って製品にしたい”と相談しにいったんです。『スカーフ程度の大きさなら7000円』と言うと、その3分の1程度で納品してくれ、と言われました」

天池社長はそんな利益幅を想定していませんでしたが、そこで初めて上代という定価があり、それは自分で決めていいことを知ったそうです。

「開発費を回収することを考えれば、実際には1メートル6000円はいただきたい。でも、それ以下で取引されるシルクがあるなか、合繊でその価格は高いと思われるのはよくわかります。ですから、生地を評価し、相当の対価をきちんと支払ってくれる相手を見つけなければ、と痛感しました」

そこで天池社長は服地サンプルの展示会に参加します。柔らかい手触り、光沢、透明感。ひらひらと美しく舞う誰も見たことがない生地を見て「まるで天女の羽衣のよう」と言われました。それが商品名の由来です。ただし、やはり価格がネックとなって簡単には売れません。

最初に「天女の羽衣」の大口注文をいただいたのはブライダルデザイナー、桂由美さん。そこで高級素材を扱う特殊なカテゴリーに手応えを感じた天池社長は、海外にも挑戦します。大きな転機となったのは、06年に石川県の組合「繊維リソースいしかわ」の誘いで参加したイタリア・ミラノの小さな展示会でした。

会場で得た名刺はたった6枚。しかしその中の1枚が、誰もが知るイタリアのラグジュアリーブランドのものでした。