ここまで人気が高まる要因の一つに、受験生や保護者の“安定的高収入志向”がある。「リーマンショックの後“手に職”をつけ安定的に高収入を得たいと考える受験生が急増していった。特に都内のトップクラスの中高一貫校の理系上位者たちが東京大にするか、医学部にするかを迷って医学部に進学していった」と医学部受験を専門とする駿台予備学校市谷校舎の宮辺正大校舎長は説明する。

こうした状況は、首都圏だけではない。「バブル崩壊後は大企業でも定年まで勤め上げることは難しいと、高校生も肌で感じている。医師は社会的使命感、ステータス、高収入と三拍子揃った人気の職業。医師不足は、地方では特に深刻で、完全な売り手市場ということもあり、医師を希望する生徒は多い」と静岡にある医学部専門予備校工藤塾の工藤勝彦塾長は分析する。

定員増と学費値下げが追い風に

そこに政府が掲げる地方の医師不足、偏在の対策が重なる。07年度までは7625人(私立・国公立大合計)に抑えられていた医学部入学定員が徐々に拡大され、18年度は9419人までに増加。そのことに受験生は、敏感に反応してきている。

さらに、大きな弾みをつけたのが、順天堂大学の学費値下げだ。学校法人の財務状況が改善したことから、財源の一部を「受験生の間口を広げる」(代田浩之医学部長)ことにあてるとして、08年度に学費を900万円下げ学費総額を2080万円にしたのだ。この動きに昭和大学、東邦大学、関西医科大学、帝京大学、東海大学、藤田医科大学、愛知医科大学、日本医科大学など体力のある大学が続く(図3)。

「サラリーマン家庭の多くは支払える学費に限度額があるもの。そのラインは2000万円台前半といわれていた」(宮辺校舎長)。それまで該当するのは慶應義塾大と東京慈恵会医科大学だけだったが、一挙に私立大の選択肢が広がった。順天堂大では狙いどおり多くの学生が集まり、駿台全国模試(17年9月実施)のA判定ライン(合格率80%)がアップし、68とトップクラスに。

医学部御三家とよばれる慶應義塾大の偏差値は77、東京慈恵会医科大70、学費の値下げをした日本医科大は69とどこも難関だ。入試に関する様々な制度改定・見直しなどがあり、単純にはいい切れないとはいうものの、バブル崩壊直後の約30年前と比較すると、どの私立大の医学部も難易度が上がっている。国公立大の難易度も私大ほどではないにしろ、確実に上がっているといえそうだ。注目すべきは、東京大学理科三類のA判定ラインが80であること。最難関学部であり続けていることは間違いない。しかし、現在は、“超”がつく難関になっている。一方、医師国家試験の学校別合格者状況を見ると、おおむね難易度の高い大学が、国家試験についても高い合格率を収めるようだ(図4)。

ここまで医学部の人気が上がってくると、大学入試センター試験でも85~90%の高得点はほしいところ。「合格に必要なのは今や6年間。だからこそ、首都圏の中高一貫校が医学部入試に力を発揮する。それでも現役での合格は難しく、全体的な合格者比率は1浪、現役、2浪の順になる」(宮辺校舎長)、「国公立への現役合格は、地方のトップ校に在籍する生徒が、3年間みっちり勉強して手が届くかどうか。絶対に現役で合格しろというのはかなり酷な話」(工藤塾長)という状況にある。