「日産のほうが企業規模も技術力も格上」
日産経営陣は提携合意前から日産の方が企業規模も技術力もルノーを上回っていると考えていた。資金繰りに苦しみ、ルノーから6430億円の出資をうけたが、自動車メーカーとしては「格が上」と日産側は受け止めていた。従って、ルノーが資本提携からさらに統合へと舵を切ることにはもともと警戒感があった。
しかし、ゴーン氏が日産にやってきて次々と改革を進め、会社が大きく変わり始めていた。ルノーとの統合案についても検討ぐらいはしてもいいのではないかと思っても不思議ではない。
一方のゴーン氏は経営会議で統合案にやや前向きな役員らの発言を聞き、だんまりを決め込んだ。ゴーン氏は日産に赴任し、生産現場や開発部門などと議論し、その実態を見て回った。その過程で日産の実力はルノーを上回っていると思うようになった。工場現場をみてもほとんど注文はなかったという。ルノーの工場よりも効率が良かったからである。
ゴーン氏も次第に日産の強みを伸ばし、ルノーと日産が対等な形で提携している方が良い、と考えるようになったに違いない。ゴーン氏はシュバイツァー氏に統合は時期尚早だと説得し、統合案をひとまず封印した、という見方ができるのである。
「日産独自性を維持する」という点で一致
シュバイツァー氏からの全幅の信頼を得ているゴーン氏は対ルノーの防波堤になり得る、と日産の経営陣が思うようになるまでに時間はかからなかった。ルノーとの関係に限れば、ゴーン氏と日産経営陣とが「ルノーとのシナジー効果は高めるが、一定の距離を保ち、日産独自性を維持する」という点で一致できたのだ。
高額報酬を求めていたゴーン氏にとってもルノーと日産のアライアンスにおいて日産の独自性を維持することは重要だった。フランス企業の場合、日本と同様に経営者の高額報酬には批判が起きやすい。日産がルノーと統合されてしまってはルノーからのガバナンスが厳しくなり、ゴーン氏の自由度も狭まってしまう。
ゴーン氏は当時、多数のストックオプションを保有していた。「ゴーン氏にはたくさんのストックオプションを与えてくれ」とシュバイツァー氏が塙氏に頼んでいたからだ。ゴーン氏が社長になり、当初はV字改革を果たし、日産の株価は上昇した。多数のストックオプションを持っていたゴーン氏の懐は膨らんでいった。
ルノーとの統合などに取り組むよりも日産の経営をまず再建し、株価を上げて自らの報酬を増やす方がゴーン氏にとっては得策だっただろう。日産経営陣にとっても日産の経営を最優先させるゴーン氏の判断は願ったりかなったりであった。