「政権の意向を忖度」極めつけは籾井勝人前会長

私が思い出すのは、“シマゲジ”といわれた政治部出身の島桂次元会長である。彼は朝日新聞の三浦甲子二(きねじ)元テレビ朝日専務、読売新聞のナベツネこと渡邉恒雄主筆などとともに、池田勇人元首相や田中角栄元首相らと親しく、「自民党の代理店」と呼ばれたこともあった。

私も2回、一緒に酒を呑んだことがあったが、オレが永田町を牛耳っているかのような言動には辟易したことを覚えている。

だが、島のように政治家と対等に渡り合える会長がいたことで、今のような官邸に蹂躙されるような体制へ堕すのをかろうじて避けられていたのかもしれない。

島がスキャンダルで引責辞任した後、一人置いて会長になった島の側近で同じ政治部出身の海老沢勝二会長の頃から、「政高N低」の傾向が強くなってきたのではないかと、私は考えている。その後は、一部の人間を除いては、時の政権の意向を忖度する人間が会長に就任してきた。

そして極めつけは籾井勝人前会長である。

「政府が『右』なら、『左』と言うわけにはいかない」

2014年の会長就任会見では、特定秘密保護法に関する質問に、「まあ一応通っちゃったんで、言ってもしょうがないんじゃないかと思うんですけども」。

竹島問題・尖閣諸島問題の質問には、「日本の立場を国際放送で明確に発信していく、国際放送とはそういうもの。政府が『右』と言っているのにわれわれが『左』と言うわけにはいかない」。

放送内容の質問についても「日本政府と懸け離れたものであってはならない」。慰安婦問題の質問には、「戦争をしているどこの国にもあった」。こうした発言は、会長としての品位のカケラもなく、自らが安倍政権の傀儡であることを告白したようなものであった。

上村達男前NHK経営委員会委員長代行は『NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか』(東洋経済新報社)の中で、籾井発言をこう批判している。

「NHKは放送法第一条によって、『放送の不偏不党、真実及び自立を保証することによって、放送による表現の自由を確保すること』と、その活動目的が定められています。

籾井会長が就任会見で行った『政府の方針に反する報道はできない』という趣旨の発言は明らかに放送法違反に相当します。NHK会長がNHKの業務の執行権を委託されている以上、放送法に違反する個人的見解を表明した会長が、その見解を自ら訂正しようとしないことは、会長としての資格に関わる問題です」

さらに「現在、NHKにおいては、強権を振るう籾井会長のもとで不当なポジションに追いやられ、非生産的な業務に従事せざるをえない理事、職員が数多くいます。私の耳にも、現場からの悲痛な声が届いています。彼らは立場上、主張したいことがあっても声を上げられないのです」