「美容師になりたいと思っていた」と語るナディア

『THE LAST GIRL―イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語―』(東洋館出版社)

私はクルド語やアラビア語が話せず、ナディアも英語が話せなかったので、彼女への取材は通訳を介して行いました。

彼女は取材されることに自覚的で、以前と同じ質問をすると、「3カ月前に来たとき、その質問には答えました」と返してきたことがあります。自らの経験を語ることの意義をそれなりに理解して、取材を受けていた印象が強くあります。そのため、その後国連の親善大使になったと聞いたときにも、驚きはありませんでした。

ナディアとの印象的な思い出があって、彼女がドイツに移住する数日前、難民キャンプの彼女のコンテナハウスで、二人で過ごしていたときのことです。私は移動を続けてキャンプに到着したばかりで、疲れ切ってついうとうとしてしまいました。すると、ナディアが私の髪の毛にそっと触れて、手でとかしはじめたのが分かりました。

彼女は「コーチョの村にいたころは、美容師になりたいと思っていた」と語っていました。本書の中でも、かくまってくれた一家の、小さい女の子の髪をとかしてあげる場面があります。女性の長い髪を目にした時に、髪をとかすのはナディアにとってはとても自然なことだったのかもしれません。きっとそれはコーチョが平和だったころから、彼女の日常にあった習慣なのだと思います。

「本当の願い」はもう叶わない

今、彼女はノーベル平和賞の受賞者として注目を浴びています。ヤズィディの人々の被害を訴え、家族を殺し自分を傷つけたISISを法廷に立たせたいという、彼女とそれを支える人たちの主張に光があてられたのは喜ばしいことです。でも、2014年8月以前の彼女はそんな将来を望んでいたわけではありません。本当に彼女が求めていたのは、生まれた村で、愛する家族と暮らし続けることだったのです。

時々、ISISの襲撃がなかったらナディアはどうしていたのだろう、と考えるときがあります。今彼女は25歳、結婚していたかもしれないし、村で夢だった美容師になっていたかもしれない。でも、それはもう叶えられない願いなのです。