イラクの少数民族「ヤズィディ」のナディア・ムラド・バセ・タハ氏がノーベル平和賞を受賞しました。過激派組織「イスラーム国」(IS)による性暴力被害を受け、被害者の救済を訴えています。ナディア氏と交流のあるフォトジャーナリストの林典子氏は「私がナディアに話を聞いた場所には渡航中止勧告が出ていました。しかしヤズィディの人たちは『メディアの力は武器よりも強い。ぜひ取材を続けてほしい』と訴えます。その声は無視できません」と語ります――。

ナディアは「無表情な女性」ではない

フォトジャーナリストの林典子氏

今回刊行されたナディアの自伝『THE LAST GIRL』(東洋館出版社)には、平和だったころの楽しさ、家族との愛情、そして、家族や自分が直面した、ISISからの理不尽な殺戮や暴力への怒り、悲しみ、絶望、そういった多様な感情がとても率直に書かれています。

ナディアには、イラクへの3回の滞在で取材を続けてきました。この自伝の中には、私が直接聞いたものもあれば、ここまで詳細には語られなかったものもあります。私が話をした2015年は、彼女がISISから脱出して1年たたないころで、まだ言葉にできなかった思いも多かったのでしょう。

本書を読んで率直に感じたのは、語り手であるナディアが、私が見てきた彼女の姿そのままだったことです。ナディアは、とても表情豊かな女性です。家族や故郷を失った状況で悲しみや苦しみに打ちひしがれながら、おかしなことや楽しいことがあれば笑い合う。私が取材で話を聞くときは、淡々と自分に起こったことを語りましたが、そうでないときは普通の女の子だったのです。

一般に広がっているナディアのイメージは、冷静に話し続ける、無表情な女性というものではないでしょうか。それはおそらく、日常生活の中で彼女が見せる本来の姿ではありません。本書で彼女は「正直に、淡々と伝える私の話は、テロリストに対して私が持っている最良の武器だ」と記しています。彼女の家族たちを殺害し、彼女に性暴力を振るったISISの戦闘員を法廷に立たせるという決意から、意図的にあのような姿をみせているのでしょう。

「自分の目で確かめたい」とイラクへ

2014年8月、トルコにいた私に、イラクでISISによるヤズィディへの虐殺と集団的性暴力が起きている、という情報が入りました。そこで、まずは何が起きているのかを目にしたくて現地に入りました。最初は、確固とした目的というよりは、ヤズィディとはどういう人々なのか、実際に自分の目で確かめ、話をし、そのうえで次に何ができるかを考えたい、というのが訪問の理由だったように思います。

当時、外務省の安全情報で、イラクは危険な場所とされていました。私が訪問したドホークは渡航中止勧告、ISIS支配下にあったシンジャール山南麓も、ISISから奪還されたばかりであったシンジャール山北麓も、その地域一体は退避勧告の対象だったと思います。

ですが、それは取材をしない理由にはなりませんでした。実際のところ、取材に際して安全情報はあくまで目安にすぎません。安全だと思っていた場所で、事件や事故に巻き込まれる危険性だってあるのです。外務省の安全情報には記載されていない、さらに細かい情報が必要なんです。すでにBBCやニューヨークタイムズ紙、シュピーゲル誌、私の知人の外国人記者たちは当たり前のようにイラクの地に入っていました。