ウイスキー造りを支えるブレンダーの舌と鼻
サントリーの創業者、鳥井信治郎がウイスキー造りの現場に選んだのは京都から南西にある山崎だ。天王山のふもとで、豊臣秀吉、明智光秀が天王山の戦いで相まみえた古戦場にも近い。信治郎が山崎に決めたのは周りの環境と水がいいからである。山に抱かれるような傾斜地だから、工場や住宅が周りにできることはない。周りが開発されることがないから、水の清冽さが保たれる。
わたしはウイスキーの本場、スコットランドのハイランド、あるいはアイラ島に行ったことがあるけれど、同地では蛇口をひねると透明ではなく茶色っぽい水が出てくる。それに比べたら、日本の水は無色透明だ。しかも豊富にある。なかでも山崎の水はなめらかな軟水の中でも比較的ミネラル分が多く、そのバランスがよい。だから特長のあるおいしいウイスキーができるのだろう。(※)
※初出時、「なかでも山崎の水はなめらかでミネラル分も多い。ウイスキーに限らず、豆腐を作ってもおいしいものができるだろう」としていましたが、表現を訂正します。(12月4日17時00分編集部追記)
ウイスキーの製造工程は仕込み、発酵、蒸溜、貯蔵である。砕いた麦芽(モルト)と水を仕込み槽に入れると麦芽に含まれる酵素の働きでデンプンが糖に変わる。仕込み水はむろん山崎の名水だ。仕込んだ麦汁(ワート)に酵母を加えると糖はアルコールと炭酸ガスに変わる。その段階の液体をウイスキー造りでは「もろみ」(ウォッシュ、発酵液)と呼ぶ。
もろみを二度、蒸溜(初溜、再溜)するとアルコール度数の高いニューポット(無色透明)ができる。ニューポットを樽に詰めて熟成させ、樽の香りや味がついたものが原酒だ。サントリー全体では120万樽の原酒があり、それを組み合わせて商品が完成する。
熟成した原酒をテイスティングして配合を決めるのがブレンダーだ。約100名が働く山崎蒸溜所の従業員のうち、この仕事をしているのは数名で、彼らは自分たちの舌と鼻でウイスキー造りを支えている。
「お客さまが飲む状態で、おいしいウイスキーを造れ」
そのブレンダーに忘れられない現場の言葉を聞いてみよう。
チーフブレンダーの福與伸二は現会長の佐治信忠から繰り返し同じ言葉を聞いた。
福與は思い出す。
「佐治信忠社長(当時)はいつも『製造時品質だけではなく飲用時品質が大事だ』と言い続けました。お客さまが飲む状態で、おいしいウイスキーを造れ、と。ですから、私たちは水割り、ハイボールでは、どういったふうにすると、いちばんおいしくなるかを研究したのです。
水割りはグラスに氷をたくさん入れて、ウイスキーと水の割合は1:2.5。ハイボールはウイスキーとソーダの割合が1:4。ホテルや町のバーではこういった話をするところはあるでしょう。しかし、ウイスキーメーカーのトップが飲用時の品質まで考えているところはそれほど多くはないと思います」
同社のブレンダーが「製品」を造る意識はもちろんのこと、お客さまに飲んでもらうことを頭に置いているのは、佐治がうるさいくらい、何度も「飲用時品質」に言及したからだ。