トルコのサウジアラビア総領事館での記者殺害から1カ月以上が過ぎたが、米国では依然として盛んな報道が続いている。なぜなのか。危機管理コンサルタントの丸谷元人氏は「事件の背景には米国内の激しい権力闘争の影響が見てとれる。殺害された記者は反トランプ派と近く、殺害したサウジ政権はトランプ派と近い。米国メディアには反トランプ派が多く、それが報道を長引かせている」と解説する――。(前編、全2回)
トルコのサウジアラビア領事館で殺害されたジャマル・カショギ氏。2014年撮影。(写真=ABACA PRESS/時事通信フォト)

「皇太子の怒りを買って殺害されたのではないか」

2018年10月2日、サウジアラビア出身のジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がイスタンブールのサウジ領事館において行方不明になった。

この事件についてトルコ当局は、カショギ氏が身につけていたアップルウォッチを通じて得られた音声情報から、同氏が領事館内で生きたまま体を切断され、その遺体は国外に持ち去られたと発表。現在サウジ国内で実権を握るムハンマド・ビン・サルマーン皇太子(以下、ムハンマド皇太子)に対してカショギ氏が批判的であったため、皇太子の怒りを買って殺害されたのではないか、との憶測が世界中に飛び交った。

そのサウジ側によると、同政府内の「ならず者」が勝手にカショギ氏を尋問し、その際に口論から殴り合いに発展、誤って死亡させてしまったものの、ムハンマド皇太子は本件に関して一切預かり知らなかったというわけだ。

ところが、この「事故」の直前に、ムハンマド皇太子の警護要員やサウジ軍特殊部隊員などから編成されるチームが、わざわざチェーンソーまで持ってトルコ入りし、かつ同氏殺害から数時間でトルコから立ち去ったことや、彼らが使ったプライベートジェット機をチャーターしたのがムハンマド皇太子と親しい会社であったことを考えると、サウジ側の説明には説得力がない。

メガバンクを含め多くの日本企業がサウジに進出

事件後しばらくしてトルコ側は、カショギ氏の服を着た男が領事館から出ていく映像をCNNに流出させたが、この男の髭はつけ髭であり、靴もカショギ氏のそれとは違っていた。影武者を使って偽装工作をしたつもりだろうが、実にレベルの低い話である。

ちなみに、この殺害チームの中にいた法医学者は、カショギ氏の体を切断する他のメンバーに対し、「私はこの仕事をするとき、音楽を聴く。君たちも聴きなさい」と助言していたというから、薬物を使った拷問と殺害に慣れていたのだろう。また別の実行犯の一人は、事件の数週間後、リヤド市内における自動車事故で死亡しているが、こちらは口封じの可能性もある。

あまりに野蛮といえばその通りなのだが、いまやメガバンクを含め多くの日本企業がサウジに進出している。サウジは独裁国家だ。これまで絶対的権力を持つ王政を批判した人々を徹底的に弾圧し、女性を人間扱いしてこなかった。その政権基盤も決して安定したものではない。

そんな前近代的なサウジの素顔があまり報道されてこなかったのは、同国が世界最大の石油輸出国として世界経済に長らく大きな影響力を持っており、かつ、欧米諸国の高額な兵器をいつも大量に買ってくれる「大切なお得意さん」であったため、各国がその機嫌を損ないたくなかったからに他ならない。