食事中だけでなく行列に並んでいるときから客は寡黙になる。今日は「大」にするか、「小」にするか――。一人ひとりが自問自答を繰り返し、「二郎」という高い山に挑むために心を整える。
「食べている最中は、隣の人の進捗状況を窺います。二郎では『ロット』という言葉で、『1ロット6人分』などと表現されるように、店主は1回でまとめて麺を茹でて客に提供します。そのため、同じロットの人たちと食べ終わるタイミングを合わせないと、次のロットのお客に迷惑をかけてしまいます。同ロットの人たちと一体感を持てるので、1人で食べていても、孤独を感じることはありません」
そのほか、ぶっきらぼうにラーメンを作る店主、客は「カウンターに丼を戻す」「机を拭く」「お礼を言う」など、二郎独自のカルチャーが確立される。だからこそ、二郎に似せたラーメンを提供する「インスパイア系二郎」であっても、二郎の境地に達することはできない。すべて二郎の狙いなのだろうか。牧田氏に尋ねると、「何も考えていないでしょう」と一蹴。
「もともと都立大学近くに、二郎は創業しました。そこに来るお腹を減らせた学生に『腹いっぱい食べろよ』と。その愛情がベースになって、愚直にラーメンを作り続けた結果、顧客が勝手に解釈して二郎独自の文化へと発展していったのです」
これは、孫子の兵法でいう「千里を行きて労せざる者は、無人の地を行けばなり」。競合ひしめくラーメン屋という分野の中で、まさに二郎は敵がいないところをひた走っているのである。
(撮影=小原孝博、干川 修)