より大きな視点でとらえると

機会費用は、個人のお金だけの問題ではない。ドワイト・アイゼンハワー大統領が、軍拡競争に関する1953年の演説で述べたように、それは世界に影響を与えかねない問題なのだ。

『アリエリー教授の「行動経済学」入門-お金篇-』(ダン・アリエリー、ジェフ・クライスラー著・早川書房刊)

1丁の銃をつくるのも、1隻の軍艦を進水させるのも、1発のロケットを発射するのも、つきつめれば、食べものがなくて飢えている人や、着るものがなくて寒さに震えている人から盗むのと同じことだ。軍国主義は、ただお金を費やすだけではない。労働者の汗や科学者の才能、子供たちの希望を無為にするのだ。

最新式の重爆撃機一機分の費用があれば、30以上の都市に近代的なレンガ造りの学校を一校ずつ建設できる。6万人に電力を供給する発電所を二基建設できる。完全な設備を備えた立派な病院を2軒建てられる。50マイル(約80キロ)分のコンクリート舗装道路を敷設できる。戦闘機1機分の費用があれば、50万ブッシェル(約1万3500トン)の小麦を購入できる。駆逐艦1隻分の費用があれば、8000人以上が住める住宅を新築できる。

私たちが日々考えなくてはならない機会費用が、戦争の費用よりリンゴの費用に近いのが、せめてもの慰めだ。

車を買うことで失うもの

数年前、ダン(・アリエリー)は研究助手とトヨタの販売代理店に行って、お客に「新車を買ったらなにをあきらめることになりますか」と聞いて回った。ほとんどだれも答えられなかった。お客のだれ一人として、車に費やすつもりの数万ドルがあればほかのことができるという事実を、じっくり時間をかけて考えていなかった。

そこでダンはもう一歩踏み込んで、「トヨタ車を買ったら、具体的にどんな製品やサービスを買えなくなりますか」と聞いてみた。トヨタ車を買えば、ホンダ車などの単純な代替物を買えなくなると答えた人がほとんどだった。その夏のスペイン旅行と翌年のハワイ旅行をあきらめることになるとか、今後数年間は毎月2回のすてきなレストランでの外食を我慢しなくてはとか、大学のローンを5年も余分に払うことになる、などと答えたのはほんの数人だった。

ほとんどの人は、自分が今使おうとしているそのお金があれば、この先の一定期間にわたっていろいろな経験やモノを獲得できるということを考えられないか、考えたがらないようだった。お金はあまりにも抽象的で漠然としているから、機会費用を想像したり考慮したりするのが難しい。お金を使うときは、買おうとしているもの以外の具体的なものは頭に浮かばないのだ。