よみがえる優生思想
【岡本】先ほどからも話題にのぼっているように、遺伝子操作はある種の優生思想なんです。チャールズ・ダーウィンのいとこであるフランシス・ゴルトンは、1883年に発表した『人間の知性とその発達』のなかで、優生学(Eugenics)という概念を提唱しました。進化論の応用として人間の改良を目指すものです。ゴルトンによる定義では、「人種を改良する科学」とされ、「適切な人種や血統が、あまり適切ではない人種に対して、早く優位に立てるようにする科学」と語られます。しかし、問題はそのあとです。
優生学はポジティブな優生学とネガティブな優生学に分類できます。これこれの病気を持っている人は排除するという発想はネガティブな優生学、より優秀な人をつくっていくという発想がポジティブ優生学です。
では、ある人が「優生」かどうかは科学的に検証することが可能なのでしょうか? ゴルトンの定義は曖昧で、自然科学なのか社会科学なのか、あるいは社会政策や革命思想の一種なのか、はっきりしません。
「リベラルな優生主義」とは
優生思想というとナチスにすぐに結びついて、私の若い頃はすぐに批判されていたんですが、20世紀には世界全体で優生主義が流行しているんです。日本でも優生保護法がずっと続いてきましたし、アメリカやスウェーデン、デンマークなどでも断種法が施行されていました。
ナチスがやった優生主義と、優生的な考え方そのものは分ける必要があるでしょう。ナチス型の優生学は、国家や組織が、個人の生存や生殖、自由に対して強制的に決定したり、命令したり、排除したりする、全体主義的な政策を行ないました。問題なのは優生学ではなく、「ナチス型」のほうかもしれない。
ナチス的ではない優生主義、国家や組織の強制ではない優生主義を、最近では「リベラルな優生主義」と呼びます。優生主義を一概に否定するのではなく、積極的に考えてみる必要があるのかもしれません。
玉川大学文学部教授
1954年生まれ。九州大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修了。九州大学文学部助手を経て現職。西洋の近現代思想を専門とするが興味関心は幅広く、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究をしている。2016年に発表した『いま世界の哲学者が考えていること』は現代の哲学者の思考を明快にまとめあげベストセラーとなった。他の著書に『ポストモダンの思想的根拠』『フランス現代思想史』『人工知能に哲学を教えたら』など多数。