「結論」を誘導する質問

この「手品師」の話の後には各社、それぞれ「学びの手引き」として、子どもたちへのいくつかの質問が掲載されている。ある教科書にはこうある。

<手品師のすばらしいところはどこでしょう。みんなの意見を聞いてみましょう。>
<誠実に生きるとは、どのようなことでしょう。自分の考えをまとめて発表しましょう。>

こうした質問は、往々にして、読み手にあるひとつの「結論」を誘導する役割を果たすことがある。

この美談仕立ての「手品師」を読んで「誠実に生きるとは何か、答えなさい」と言われたら、たいていの子どもは「チャンスを捨ててまで約束を守った手品師のように生きること」と答えるだろう。しかし、それでは手品師の内心の葛藤は何だったのかが議論されないままに終わってしまうことになる。

「チャンスを無駄にしたくない」思いは不誠実か

この話ではあえて説明されていないが、手品師を迷わせた「大きなチャンス」とは、具体的に言えば、経済的な利益や自身の名声のことである。

「誠実に生きる貧乏人」と「不誠実に生きる金持ち」がいたとしたら、どちらがよりよい生き方なのか。そしてその場合、どちらの心が明るくて、どちらの心が暗いのか。手品師にはもっと、別の問題解決の選択肢はなかったのか。そもそも、人生におけるチャンスを無駄にしたくないという思いから、約束を守らなかったとして、それは「誠実に生きる」ことと矛盾するのか――。

そうした答えのない問いに対する議論が起きれば良いが、「手品師」というタイトルの横に「みなさんは誠実に明るい心で過ごしていますか」とリード文が付けられている教科書では、ひとつの価値観を押し付けていると言われても仕方のないものである。