「在日韓国・朝鮮人の生活保護は、日韓交渉に利用された」

さて、百歩譲って河本準一に道徳的責任があったとする。しかし片山の生活保護受給への批判は、不思議とまるで本質とはかけ離れたあさっての方向に向かっていく。前掲書において、片山は生活保護受給問題を「戦後の歪み」と規定し、「在日韓国人・朝鮮人への恩恵支援を是正すべき」と発展させるのである。

古谷経衡『女政治家の通信簿』(小学館新書)

「生活保護の受給者総数208万7092人のうち、外国人は7万3493人にも上ります。人口に占める受給者の割合は日本人が1.6%なのに対し、外国人は5.5%。外国人の方が3倍以上も高い」

そしてこの外国人のうち3分の2を在日朝鮮・韓国人が占めている、としてあたかも外国人の不正受給=在日コリアンであると印象付け、「憲法上も民法上も、日本が外国人に保護費を支給する義務などありません」「在日韓国・朝鮮人の生活保護は、行き詰まった日韓交渉を進展させるために利用されたものだった」と強引浮薄に結論するのである。

これら片山の主張は、この時期に形成された生活保護不正受給者=在日コリアンの図式を徹底的にトレースしたものであり、また彼らの世界観を現職参議院議員が国会の中で繰り返し補強したことでネット右翼界隈に強力に根付いたものである。

そして、朝鮮人排斥、韓国人呪詛という思想を持つ前述のメタル兄弟が片山さつきを自身のYouTube番組へ招聘し、片山を応援するデモを企図し、片山自らが登場する流れとなった。

「片山理論」に照らすと、河本氏は「ハ・ジュンイル」になる

巧妙なのは、お笑い芸人の河本準一の「日本人による生活保護不正受給の道義的責任問題」だったのにもかかわらず、いつの間にかこの問題が「片山理論」によって、生活保護不正受給=在日コリアンであると誘導され、この問題そのものが、後年の在日コリアンへのヘイトスピーチや呪詛、憎悪犯罪の下地になったと評せざるを得ないのである。

「片山理論」を用いれば、河本準一は「生活保護不正受給」事案の中でも例外的な日本人が起こした問題だったのにもかかわらず、いつの間にかこの問題が在日コリアンに特有の不正であるかのようにすり替わっている。

当然この矛盾を埋めるために、同時期のネット上では「河本準一は在日朝鮮人である」というデマが跳梁跋扈した。

なにせ「片山理論」に照らせば河本準一の事案は日本人ではなく、在日コリアンが起こした不正受給問題と処理することが都合が良く、ネット上では「河本準一は通名であり、本名は朝鮮籍の『河・準一』(ハ・ジュンイル)である」というデマが流布され、現在でもグーグル検索等でその残滓を観ることができる。この手の悪質なデマは河本にとって訴訟を提起して差し支えない事案であろう(※1)

※1:悪質なデマへの訴訟/保守系言論人・花岡信昭は雑誌『WiLL』2008年11月号で、インターネットのデマを鵜呑みにして「(社民党の)土井たか子は在日朝鮮人で本名は李高順」と記述したことについて、土井側から名誉毀損の訴えを受けた。この裁判は2009年最高裁において花岡と『WiLL』編集長・花田紀凱(当時)に対し200万円の損害賠償を命ずる判決が確定したように、少なくとも「片山理論」がそのデマの苗床を提供したとみても過大評価ではあるまい。