ある新店舗のスタッフが、「オープン記念で検査無料、という広告を出してほしい」と声をあげた。私は反対した。普段、「高い分、充実した検査です」とうたっているのに、オープン記念とはいえタダにしたら、それがウソのように聞こえるからだ。
「3000円の検査を2000円にするのはいいけれど、タダは反対。タダほど付加価値ビジネスを壊すものはない」。そういうと、提案したスタッフは話の途中で理解してくれたようだった。しかし、それでも腹落ちせず「?」という顔をする人間もいる。たとえば、「お客さまに寄り添おうとするなら、値段を下げるのはいいこと」と考える者だ。お客さまのためを思うこと自体は素晴らしいが、私はこう反論した。
「安くすればいい、というものではない。質の高いもの、正しいものを売るのに安くするのは、むしろお客さまに失礼なことだ」
「伊勢丹メンズ館にいってメガネを値切ろうとは誰も思わない。商品力が高く、スタッフにも知識がある。高い値段を払うだけの付加価値を感じるからだ」
「それだけの付加価値を身につけることこそが我々の仕事であって、単に値段を下げようとするのは、お客さまに失礼だ」
手のかかる議論が土壌を作る
こうした手のかかる議論が、逆説的だが、0秒経営の土壌を作り出している。議論さえ尽くしておけば、あとは猛スピードで走れる。全社で毎週行う「アクション会議」でさらに広くシェアしたら、あとは全国一斉にバンバン動いていく。
余談になるが、もっとも、「値段を安くするのは、相手に失礼だ」というこの話は、自分でも高付加価値のサービスを受ける体験をしていないとわからないものかもしれない。そこで昨年、ハイレベルなサービスを体験しようと、メンバーや店舗のスタッフたちを連れて、高級ホテルのレストランやラウンジを視察したことがある。
経営が厳しい時代が長く、上司に食事をおごってもらったことのない社員たちには、新鮮だったのだろう。みんなガンガン注文するので、会計時に大変な目にあった。こんなところでも社長に遠慮しなくなった社員たちの成長を、私は喜ぶべきなのだろう。
ビジョナリーホールディングス代表取締役社長
1966年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、三井物産入社。スイスIMDビジネススクールでMBA取得。三井物産退社後、スイス「フラー・ジャコー」、イタリア「ブルーノマリ」、米国「バートン」の日本法人トップを務める。2013年6月、メガネスーパーの再建を任され、2016年に同社9年ぶりの黒字化を果たす。2017年11月より現職。