どうしても嫌がったときの最後の一手
もの忘れ外来は早めに受診させたい。だが、多くの親は「私はどこも悪くない」の一点張り。そのうえ、「財布を盗られた」と訴えたり、迷子になったり……と、明らかに認知症と判断せざるをえないような状態に陥ると、家族としては頭を抱えることになる。
そんなとき、役に立つのが“小芝居”だという。
「正攻法としては、これもまずは地域包括支援センターに協力を仰ぐ方法があります。センターの人から『こちらの地域の方は一定の年齢になると受診をお願いしています。ご協力いただけませんか』と言ってもらうのも手。親世代は役所や医師の言うことは聞き入れてくれることが多く、地味ですが有効な方法です」
家族が小芝居を打つケースもある。川内氏によると、親が認知症のようだと気づいたある女性は「胸にシコリがあって病院に行きたいけど、怖いから一緒に行ってほしい」と母親に頼みこみ、病院を受診。あらかじめ話をしてあった医師の協力で、自分が模擬診察を受けた後に、“ついで”という名目で母親を診察してもらったという。
「近くに住む母親の友人に相談し、『一緒に行こう』と誘ってもらったり、健康診断の案内書をワードで作成して親に見せたり、みなさんいろいろ工夫されています」
また、親が信頼しているかかりつけ医がいるのなら、そこに相談してみるのも手だ。
「整形外科や皮膚科の先生が『80歳を超えると、みんな検査したほうがいいんだよ』と本人に助言してくれたことが、もの忘れ外来受診につながったケースもありました」
さらに、どうしても病院に連れていくのが難しい場合は、地域の精神科医が行う訪問診療を利用する方法もある。
「どこのクリニックで訪問診療を行っているかの情報は地域包括支援センターが持っていることが多いので、遠慮なく聞いてみてください。もし、めぼしい情報がない場合は、地元の認知症カフェや介護家族の会の集まりなどで情報収集をしてみるのもお勧めです」
認知機能が低下したとしても、親には親のプライドがある。親としての自尊心をなるべく傷つけないよう心がけたほうが、その後の介護はうまくいくと川内氏は助言する。
「認知症が進行すれば、これまでとは同じようにはできないこともどんどん出てきます。だからといって、『できないことをすべて代わりにやってあげること』は客観的に見て望ましい認知症ケアではありません」
子どもからすれば、困っていることは助けたい。不安は取り除きたいと考えるのは自然なことだ。しかし、家族による過剰なケアは残存していた生活能力を奪う危険性をはらんでいるという。
「介護にまつわる家族間のもめ事の多くは『介護される親』の気持ちを無視することがきっかけとなっています。介護の役割分担を決める家族会議が紛糾するのも『介護をする自分たち』の都合をぶつけあうから。『父親や母親にとって何が大切か』を軸に据えると気持ちもラクになり、妥協点も見いだしやすくなります」
親の自尊心を尊重するのは一見遠回りに見える。だがその手間を惜しまないことが結局、家族全員の負担を減らす近道なのである。