ここからは当クリニックで聞き取った、典型的なストーリーを交えながら人が万引き依存症になるきっかけを探ります。

40代女性・Aさんのケース
「俺たちも早めに家を建てないとな」、「そのためには、毎日の出費をしっかり引き締めていこう」、「頼んだぞ」――夫にそう言われた日から、主婦であるAさんの頭から「節約」の二文字が消えることはありませんでした。
雑誌の節約レシピを熱心に見たり、スーパーやドラッグストアで底値をチェックしたり、できるかぎりのことをしていたある日、買い物かごに入れるべきドレッシングの瓶を無意識に手提げのバッグに入れてしまいました。
気づいたのは店舗をあとにしてからのこと。一瞬あわてましたが、そのままもらっておくことにしました。私は毎日、節約をこんなにがんばっているんだから、このぐらい許されるよね。ドレッシング代が浮いたし、これも節約になる……。
以後、Aさんはスーパーで買い物をするたび、何かしらの商品を1点バッグに入れ、レジを通さずに店を出ることになりました。しかしほどなくして、その品数は増えていきました。

大きなバッグを持ってそこに手当たり次第に放り込み、そのまま店を出るというタイプの万引き常習者もいれば、Aさんのように大部分の商品については代金を支払うけれど、一部をバッグに入れて万引きするタイプもいます。

ですが、後者もたやすくエスカレートしていきます。200円分の商品を盗むより2000円分を盗んだほうが、節約になるからです。

1割強が「節約がきっかけ」

「節約したくて万引きをはじめた」――これは、女性の万引き依存症者に見られる代表的な動機です。以下のグラフを見ると、現在当クリニックに通っているうち1割強が、節約がきっかけで万引きをはじめたと言っています。

「万引きを始めた動機」アンケート結果(榎本クリニック調べ)

節約――程度の違いはあれど、多くの人が意識していることだと思います。節約と万引きのあいだには、一足飛びといってもまだ足りないぐらいの飛躍があります。節約は日常のことで、その人の金銭感覚に基づくものです。一方の万引きは犯罪、つまり非日常です。次元が違う両者がいとも簡単に結びつくことに驚きを感じられることでしょう。

この問題を考えるうえでひとつめのキーワードは、この「日常」です。

Aさんはじめ繰り返している人にとっては、万引きは非日常ではなく日常のなかではじまり、日常のなかで継続してきたものです。

なぜ女性に万引き依存症が多いのか。これは万引き依存症におけるひとつの課題として、私自身がずっと考えつづけてきたことでもあります。