仕事が人をつくる――。戦後間もない時期から築地市場で生きてきた人々のライフヒストリーの聞き取りを続ける小山田和明さんは、そう実感している。
「本当に様々な仕事が、築地市場を支えている。荷物を運ぶ人々。発泡スチロール容器を扱う業者。商品の運搬に使う小車の修理……それぞれ独自のテクニックと歴史があり、みなその仕事に誇りを持っていたんです」
築地で仲卸業を営んでいた家に生まれた小山田さんは、いま、「セリバ」での商品管理を請け負う東都小揚に勤務する。
「昔は、殴り合いのケンカもよくあったし、包丁を振り回すような人もいました。同時にみんな助け合いながら働いていた。人の繋がりが濃密だった」
でも、近年は不況のせいで市場もそこで働く人にも元気がない。観光客が増えた一方、魚を仕入れる業者は減少。そして、いま、移転問題で揺れている。
「インタビューを通して、築地市場の過去を振り返って、いまを確認すれば、多少は未来が見えるのではないか」
小山田さんの仕事は、夜10時から翌朝9時まで、夜間に働き、休日である土曜日を利用して、築地の移り変わりを知る男たちの記憶に耳を傾けてきた。
登場するのは、61歳から84歳までの8人。言葉には出さなかったが、みな「よくぞ聞いてくれた」というように身を乗り出して半生を活き活きと振り返った。このタイミングで聞かなければ、失われてしまったであろう記憶であった。
「聞いた責任を感じた」と小山田さんは続ける。「働くことは生きることだったんだ、と実感しました。それまでは築地を出てほかの仕事をしたいと思う瞬間もありましたが、もうここから離れることはできませんね」。
半世紀以上の歳月を築地市場で生きてきた男たちが語る言葉の端々には、仕事に対する誇りや心意気が見てとれる。「世間には知られていない」人々の言葉には、これからの築地を支える人々はもちろん、働くすべての人を勇気づける力があった。
※すべて雑誌掲載当時