しかし、善次郎は新政府の官僚からも情報を得ていました。いずれ、太政官札が正規の価値(額)で国に買い取られると予測し、多くの太政官札を買い集め、巨大な利益を得たのです。以前、怪しい筋の金儲け話にうっかり乗ってしまい、大損した経験が善次郎にはありました。それはまさに「投機」。でも今回は手痛い失敗を糧にし、確かな筋からの情報を得て「投資」をした。顧客第一、信用第一を貫く善次郎には、いざというときに役立つ情報を提供してくれる人々とのパイプがあったからできたことです。

江戸時代の身分制度「士農工商」が依然として残っていた中、商人という、いわば“格差のどん底”からはい上がり、国内屈指の金融業者となった善次郎。しかし、彼のことを「吝嗇(ケチ)」と蔑む向きも少なくありませんでした。銀行家として、相手が合理的で実現可能な堅実な業績・返済プランを持っていなければ融資しなかったからです。しかし、多くの倒産寸前の銀行を助けるだけでなく、「陰徳を積め」との父親の教えを誠実に守り、東京大学の安田講堂など巨額の寄付もしています。

善次郎には生涯守り抜いた「誓い」がありました。1つ目は「独立独行」、人に頼らず懸命に働く。2つ目は「嘘は言わない」。3つ目は「収入の2割は貯蓄する」。3つの誓いを死守し、よく働き、せっせと貯蓄する。座右の銘は「ちりも積もれば山となる」「千里の道も一歩から」です。周囲から見れば、「おもしろい人間」とは映らなかったでしょう。しかし、こうした勤勉・質素・倹約こそが金儲けの王道であるのは、昔も今も変わることはないのです。

▼安田善次郎から学ぶ「成功哲学」三か条
・他人から笑われるほどの「大きな目標」を持つ
・「人が嫌う仕事」で、自分に向いているものを探す
・「収入の2割」は貯蓄する
江上 剛(えがみ・ごう)
作家
旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)在籍中に書いた『非情銀行』で小説家デビュー。著書に善次郎の生涯を描いた小説『成り上がり 金融王・安田善次郎』(PHP文芸文庫)がある。
 
(構成=大塚常好)
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