「私は介護に向いていない、家族失格だ」

Kさんも感情を抑えきれずについ暴言を吐いてしまった後、ひとりになると、「なんてひどいことを言ってしまったんだろう」と落ち込み、自己嫌悪にさいなまれる。深く反省し、母は認知症という病気なのだ。何度もそう言い聞かせる。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/studiolaut)

ところが、母親と面と向かうとまた高圧的になってしまう。そんな日々の繰り返しだったそうです。

介護生活が半年ほど過ぎたある日のこと。Kさんは介護の過程でいつものように母親を責めてしまいました。母親はKさんにキツい言葉を浴びせられたことで腹を立て、反抗。激しい言い争いになったそうです。暴言を吐いている自分を必死で抑えつけようする理性的な自分がいる一方、「私は仕事や自分のことを犠牲にして介護している」という意識もあり、暴言はやがて罵倒へとエスカレートして母親を突き飛ばしてしまったそうです。母親の体は近くの家具に打ちつけられ、救急車を呼ぶ事態になったといいます。

その知らせを受けてMさんが急いで駆けつけると、Kさんは号泣しながら「私は介護に向いていない」、「家族失格だ」と訴えてきたそうです。Mさんは興奮するKさんを落ち着かせ、話を聞くことに徹しました。

「Kさんは仕事が多忙な中、介護という非常に重いものを背負わされ、試行錯誤を強いられていました。意思が伝わらないことのある母親は今後どうなってしまうのか。自分は介護離職しなければならなくなるのか。将来に大きな不安を抱えていました」(Mさん)

▼多く人にとって介護は人生初「常に手探り状態」

多く人にとって介護は人生初の体験。手探り状態で始めます。それまで、他人の介護の経験を見聞きすることはありますが、本当のところは実践してみないとわかりません。するとどうしても個々の家族の状況や介護する人間の性格が反映されることになります。親と時間と場所を共有している間は気が休まらないという人も珍しくなく、我慢の限界を超えると口や手や足による暴力につながってしまうこともあるのです。

Kさんは母親に手を出してしまったことを心から悔い、落ち込んでいました。しかし、言葉の暴力を止められなかった自分は介護が再開したらまた同じ過ちを犯してしまうのではないかと恐れていました。

MさんはそんなKさんの気を楽にするため、次のようなアドバイスをしたといいます。

「Kさんは、お母さんの介護を全力でやろうとし過ぎているんです。介護をしているご家族は、自分を育ててくれた親だからと全時間・全エネルギーを注ぎ込んでしまう傾向があります。でも、それを続けていたら身も心も保たない。だから、どこかで上手に手を抜くように工夫したほうがいいんです。お母さんに腹を立ってしまったときは、『これは認知症の症状だから」と理解していくことが大事だと思いますよ」