「だって女と男ってもともと違うから。生物学的にも、心理的にも、脳科学的にも違うから、男には理解不能」

ほとんどの人はこう考え、男女は違って当たり前という理由をいくつも並べ立てます。

河合薫『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP研究所)

学者たちでさえ、女性は数学に弱い、女性は地図を読めない、女性は暗記が得意、女性は自尊心が低いなど、女性ならではの行動特性を古くから論じてきました。でも、どうにも納得いきません。だって、私は数学が得意だったし、地図は読めるし、暗記は苦手ですが、自尊心は決して低くないのです。

実はこれまで報告されてきた性差にまつわる実証研究では、一般的にいわれている「女性の特性」のエビデンスは得られていません。統計的手法で分析すると、「男女差はない」ことがわかっているのです。わずかに認められる場合でさえ、同性内の個人差に比べて小さい。また、そういった違い(統計的な有意差)が認められる研究に、さまざまな影響要因を加味すると違いが消えたり、男女差の方向性が逆転したりしてしまうケースも存在します。

要するに、男性の中にも「めんどくさい人」はいて、その割合は女性の中の「めんどくさい人」とさして変わらない。なのに、私たちは「性差はある」と感じるパラドックスを、日常的に経験します。

勝手に主語を「女性」にされる

私はその理由の一つに、「数」の問題があると考えています。

なんやかんや言っても今の職場環境は「男性」が圧倒的多数を占め、女性は少数派です。

男性であれば「コミュニケーション能力が低い」「リーダーシップが取れない」「自尊心が低い」と“個人”の問題とされることが、女性の場合には「女性はわがまま」「女性は感情的になる」「女性は自立心が低い」と“女性”の問題として片付けられる。

例えば「女子力」なんて言葉も、女性を十把一絡げにしたワードですし、「女性にはロールモデルがいない」などのフレーズも女性を言い訳にしているだけ。

だいたいナニをもって女子力なのか?

そもそも男性にはロールモデルがいるのか?

はなはだ疑問です。