ところがAさんは、開業資金として、助成金のほかに金融機関から3000万円以上の借り入れを行いました。かなりの自己資金も投じたはずです。

初めてであるにもかかわらず、こんな高額の借り入れを行うなんて考えられません。そもそも金融機関の融資審査が通らないはずです。しかし、農業振興のための特別な融資制度を使うことで、本来ありえないはずの審査が通ってしまいました。

スタートからたちまち多額の人件費が必要に

もう1つ、Aさんの失敗がありました。一般的にパン屋を開業する際は、当初はオーナー夫妻などが自分たちでパン作りと販売を行います。その後、売り上げの伸びに応じて手が足りなくなった部分をアルバイトでカバーするというのが、飲食店で独立する際の基本的なやり方でしょう。

三戸政和『サラリーマンは300万円で会社を買いなさい』(講談社)

ところが3カ所に厨房を設けたAさん。それだけ人手が必要になるにもかかわらず、そもそも自分には直売所と農業の仕事があり、また、奥様は別の仕事をしていたため、初めから人に頼るほかありませんでした。

そこで、パン教室で知り合った若者を店長として雇用しました。そのほか1人を見習い職人としてフルタイムで雇用し、店舗のオープン時間には女性スタッフを常時2人、雇用しました。

こうして借入金の返済に加え、スタートからたちまち多額の人件費が必要になってしまいました。

1個200円のパンを何個売ればペイできるか

3000万円を金融機関から最大7年の返済で借り入れていたようですから、利子を含んだ月々の返済額はざっと40万円以上、雇い入れた4人分の人件費で月に80万円。ここに光熱費等の支払いを加え、月々140万円程度の支払いがあった計算になります。25日の営業日で割ると、1日の固定費(支払額)は5万6000円。

そこに、パンを作った場合の原材料費がかかってきます。原価率30%と想定し、1個200円のパンを何個売ればペイできるか――。答えは400個です。

これは、オーナーの報酬をゼロと見積もっての損益分岐点です。Aさんはほかに収入があったためこれでも成り立たせることができましたが、本来はオーナーの報酬も想定に入れて計算しなければなりません。

しかも、400個という販売見込み数も、毎日133人のお客さんが訪れ、それぞれパンを3個ずつ買ってくれてようやく辿り着く数字です。簡単ではありません。