凡人には考えられない練習法と自己マネジメント術

そして、川内が自身の“ウイニングショット”として磨いてきたのが、「ラストスパート」だ。この発想も凡人にはちょっと考えられない。なぜなら、川内は元来、スピードがない選手だからだ。

昨夏のロンドン世界選手権は最後の2.195kmを出場選手最速となる6分41秒で走破。今回のボストンでも川内は勝負どころまでは無理をせず、終盤の爆発力で大金星を挙げている。川内の5000m自己ベストは13分58秒と低調なものだが、マラソンの終盤では5000m12分台のスピードを誇る猛者を凌駕してしまうのだ。

この特殊能力も日々のトレーニングで身に着けた賜物といえる。川内は2010年の東京マラソンで最終盤40kmからの争いで3人の日本人選手に僅差で負けてから、「ラスト2.195kmの力さえ磨けば勝てる」と想定。距離走やレースでは、どんなにきつくても、最後は必ずペースアップすることを自分に課してきた。常にラストの切り替えを意識してきたことで、驚異的なスパートを可能にしたのだ。

川内は常識を打ち破ることで、次々と新たな可能性を追求してきた。皆ができないと思うことを実現するには、誰もやらないことに挑戦するしかない。それはマラソンもビジネスも同じだろう。自分の取り組み方次第で、様々なチャンスがあると川内は教えてくれているのだ。

▼来春からは24時間を競技のために費やす

数々の栄光をつかんできた公務員ランナーは、今年度いっぱいで退職し、来春からプロランナーに転身する。川内はプロ転向の理由をこう語った。

「私はサインに『現状打破』と書いているんですけど、自己矛盾を感じていたんです。昨夏のロンドン世界選手権はあと一歩で入賞することができませんでしたし、自己ベストも5年間出ていません。自分は現状維持ではないか、と。公務員をやりながら競技をやっていて、何も挑戦していない。今後自分が何をやりたいのか考えたときに『マラソンで世界と戦いたい』という思いが強くなり、このような決意になりました」

来春からは、限られた時間ではなく、24時間を競技のために費やすことができる。新たな環境で、どんなマネジメント力を発揮するのか。今後も川内優輝から学ぶことがたくさんありそうだ。

(撮影=酒井政人)
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