川内のやり方に異論を挟む者はいなくなった

社会人になってからのトレーニングも大学時代とさほど変わらないが、近年はレース出場が多くなっている。これは川内が公務員と並行して取り組む中で身に付けた“究極のトレーニング”と言っていいだろう。

撮影=酒井政人

川内は公務員のため、レースの出場料を受け取ることはできない。だが「招待選手」として招かれていれば、交通費・宿泊費などは大会主催者側に負担してもらえる。川内はそうやって世界各地のレースに出場してきた。しかも招待されたレースでも力を抜くことはない。競争相手がいなくても、全速力を貫いてきた。決まった練習パートナーがいない川内にとっては、実戦こそが最高のトレーニングになっている。

また、試合数が多くても、それぞれにテーマを決めて臨んでいる。そして、本当に狙うべき試合には、そこから逆算するかたちで出場するレースを決めて、コンディションを調整している。これも川内流のマネジメントだろう。

川内は1年間に10回ほどフルマラソンに出場している。日本のほかのトップ選手は年間2レースほどなので、単純計算で5倍だ。当初は「出場レースが多すぎる」と疑問視されていたが、マラソンで川内に勝てない実業団選手が続出したため、川内のやり方に異論を挟む指導者はいなくなった。

世界的に見ても、川内のマラソン出場回数は常識外れに多い。今回のボストンでフルマラソンは80回目の出場。これまでに2時間20分切りを78回、2時間15分切りを55回、2時間12分切りを26回、2時間10分切りを12回も達成した。

▼国内外で32回の優勝をして成功体験を積む

その類いまれなキャリアは世界のエージェントからも尊敬を集めている。ケニア人選手のあるエージェントは、日本人が2時間6分台で走ってもまったく驚かなかったが、わずか2週間のインターバルで2時間9分台を連続でマークした川内のパフォーマンスについては「信じられない!」と心底ビックリしていた。

川内はどんな大会に出場しても、「どこかで戦ったことがある選手がいる」という状況のため、舞い上がることはない。そして、ライバルたちの実力・タイプなども熟知しており、自分が勝つための戦略を常に考えてきた。また、「優勝を争えるレースのほうが何倍もいい経験ができる」と、優勝タイムが2時間10~15分のレースに数多く参戦。今回のボストンまでに32回の優勝を経験するなど、「成功体験」を積み上げて、勝負勘を養ってきた。