給与差押命令を取り消すために元夫がしたこと
このように「ああ言えばこう言う」という感じで、元妻の説得は遅々として進みませんでした。しかし、裁判所からの通知書にあった「実行期限」(次の給料日)はすぐ近くまで迫っていました。
そこで、達也さんは元妻の説得より、差押の停止を優先することにしました。裁判所が差押命令を取り消すのは、債権者(元妻)の同意、裁判所の決定、未払い分の完済、のいずれかの要件を満たした場合に限られます。
一度発せられた差押命令の取り消しを求めることを「執行異議(執行抗告)の訴え」といいます(民事執行法11条)。前述の通り、現時点で元妻の同意を得られておらず、また住民票や就業証明書などで長女の自立を証明するには時間が足りません。
そこで達也さんは長女が「20歳に達する翌年の3月まで」の養育費は絶対に払わない戦略を立てました。そのために、不本意ながら「未払い分」の養育費(4月、5月分。月4万円×2カ月=8万円)だけ振り込んだ上で地方裁判所へ執行異議の訴えを申し立て、差押命令を取り消してもらったのです。
▼払った「8万円」を取り戻すことは可能
結果的に、元妻が長女の自立・就職を隠したまま差押の手続きを踏んだために、達也さんは本来支払う必要がない養育費を払うことになったのですが、取り戻すチャンスがないわけではありません。
元妻は長女の現況を意図的に伝えないまま裁判所を動かし、達也さんから4月、5月分の養育費(8万円)を得ました。これは法律上「不当利得に該当する」と判断される可能性があるのです(民法703条)。そうなれば、8万円は達也さんのもとに返ってくるかもしれません。
このことを知った達也さんはしばらくして、こう元妻に伝えたと言います。
「裁判所が不当利益と判断して8万円を(元妻から)オレに返すと決まったら、今度はそっち(パート勤務の元妻)の給料を差し押さえることもできるんじゃないかな」
元妻が裁判所に自ら差押申請を取り下げなかったことを逆手にとり、自分が給与を差し押さえられそうになった経験をもとに、元妻に反撃したわけです。そして、こう言い添えました。
「将来の分(長女が「20歳に達する翌年の3月まで」の分)をあきらめてくれれば、今回の8万円は返さなくていいよ」
すると、元妻は長女の将来の養育費をあきらめると答えました。素直に白旗をあげた理由は達也さんにもわかりません。その時、元妻はすでに8万円を使い切っており、貯金もありませんでした。自分の勤め先に、裁判所から差し押さえの書類が届いたらバツが悪いと思ったのかもしれませんし、長男(16)に対する養育費の支払いは続くので、今回は身を引こうと考えたのかもしれません。
その胸中は知る由もありませんが、元妻は最後にこう言ったそうです。
「あんたとの結婚生活は失敗だったけれど、息子、娘は私たちの子供なんだから父親、母親として割り切って付き合っていこうよ!」