取引先の人や上司との宴席。下手におだてれば、すぐに見透かされて疎んじられてしまう。どうしたら、気持ちよく相手を持ち上げられるのか。プロの太鼓持ち・櫻川七好さんにその奥義を披露してもらった――。

馬鹿のメッキをした利口者の「修羅場」芸を見よ

花柳界には、「太鼓持ち」という独特の生業があることをご存じだろうか? 太鼓持ちは「幇間」ともいい、宴席で小噺や踊り、物まねといった座興を披露するほか、客の話に付き合ったり、酒やゲームの相手をしたりもする。基本的に男性の仕事なので、女性の芸者に対して「男芸者」と呼ばれることもある。その歴史は古く、豊臣秀吉の御伽衆(おとぎしゅう)(芸能に優れた側近)が起源という説もある。戦前までは、料亭のお座敷には欠かせない存在だった。

太鼓持ちはひと言でいえば、マルチなエンターテイナー。宴席を盛り上げて、客を喜ばせるプロの「宴会部長」だ。そこが、落語家や手品師といったほかの芸人とは異なる。現在は浅草に6人しかいない太鼓持ちの1人である櫻川七好さんが説明する。

「落語家は高座で一席ぶったら、それでおしまい。でも、太鼓持ちは芸を見せた後が勝負なんです。普通お座敷は2時間ほどなんですが、お客さまが飽きないように、あの手この手で座を持たせる。しかも、初見のお客さまから常連の旦那まで毎回、お座敷の顔ぶれが違うでしょう。臨機応変にお遊びをコーディネートしなければならない。ですから私たちはお客さまとの対応を『修羅場』と呼んでいます」

会社重役の取り巻きなどを“太鼓持ち”と揶揄することもある。しかし、七好さんは、「確かに、太鼓持ちはお客さまを“ヨイショ”しますが、よくいう“ゴマスリ”とは違うんですよ」と指摘したうえで、「たとえば、ご贔屓の旦那がベンツを買ったとしましょうか。『さすがですね。羨ましい』と、お追従をいうのは誰でもできるので、つまらない。そこで、『ときに、ベンツって、タイヤは4つ、ちゃんとついているんですか?』と、ボケてみせたりするわけです」という。

すると旦那は「馬鹿だね、おまえは。よし、それじゃ今度乗せてやるから、よく見てみろ」といった具合に返すので、会話が弾む。相手を持ち上げるだけでなく、ときには軽妙なユーモアを交えて、ほどよい塩梅で相手を“落とす”のも、トークのスパイスになる。それがヨイショのツボで、互いに胸襟を開いた関係になる。デキる営業マンだと、取引先の幹部に次のような感じでヨイショをしたりしないだろうか?

「○○部長って、いつもパワフルですよね。それに、相変わらず女の子にモテモテだし。でも、調子に乗って朝帰りばっかりしてちゃ、ダメですよ~」

友人同士のような掛け合いができるのは、相手の懐に入り込み、信頼されている証拠なのだ。片やゴマスリも自分をおだててくれるので、しばらくは相手も気分がいいが、一方的に媚びへつらうだけでは、やがて見透かされ、飽きられてしまう。こんな話もある。

「太鼓持ちは、旦那に『庭の池に飛び込んでみろ』といわれれば、着物を着たまま飛び込もうとする。でも、ただじゃ起きません。『着物がずぶ濡れになっちゃ仕事になりませんので、ご褒美に新しい着物買ってください』とかいって、切り返すんですね」(七好さん)

これがゴマスリなら、単に池に飛び込むだけだろう。つまり、ゴマスリは、一方的に相手に従属している上下の関係であり、ヨイショは相手との一種対等な関係の上に成立するものなのだ。