※本稿は、齋藤孝『大人の語彙力大全』(KADOKAWA)の第6章「目指せ美しい日本語マスター、夏目漱石が使った語彙」を再編集したものです。
教養につながる語彙を身につける
日本を代表する文学作品の一つである『源氏物語』。平安王朝の宮廷での生活ぶりや貴族社会、和歌を介してひそかに育まれる恋物語など、当時の文化と教養の髄が詰まった本作が多くの人に読まれたのは、当時の人々がこれらを理解する語彙力とともに素養を持っていたからです。「語彙の豊かさ」とは、ただ単に語彙量が多いということではなく、教養につながる語彙を持っていることなのです。
ビジネスシーンでは、選ぶ言葉によって能力を判断されることがあります。間違いではないけれど、あまりに単純な言葉ばかり使っていると、「仕事も未熟な人だろう」と思われてしまうのです。
そこで差をつけるのが教養につながる語彙です。この度の『大人の語彙力大全』では、上級語彙として「漱石語」という章を設けました。明治の一大知識人である漱石の言葉は、教養につながる語彙そのもの。早速、普段使いがちな言葉を漱石語で言い換えてみましょう。
「ああ、ムカつく!」→「まったく業腹だ」
「いいにおいがする」→「馥郁たる香りがする」
「ツラいです」→「胸が塞がるようです」
左も右も、同じことを言っています。ですが、言葉を変えるだけで受け取るニュアンスはずいぶん違います。単純な言葉がなぜ幼稚に感じられるのかというと、「深み」や「広がり」のない言葉だからです。「ムカつく」は、ただ怒ってイライラしているだけですが、「業腹」は、腹の底でマグマが湧き出しているようなイメージが浮かびます。また、「いいにおい」の代わりに「馥郁たる香り」と言うことで、奥行きのある香りを表現できます。
「単純=幼稚」ではなく、「教養=深み」のある語彙を身につけましょう。