そもそも、なぜこれほど「通勤でリュックを使う人」が増えたのか。筆者は時々、放送局や新聞社からも解説を求められるが、次のように説明している。
(1)ビジネスシーンにおける「カジュアル化」
(2)どこまでも仕事が追いかけてくる「IT化」
(3)気象の変化とそれに伴う「消費者意識」
(1)でいえば、服装との関係も無視できない。ビジネス現場でも、以前に比べてスーツ姿で執務する職種が減った。毎年春から秋にかけて実施される「クールビズ」の影響もあり、大企業オフィスや金融機関の店舗でも、入り口に「当社は×月までの間、クールビズで執務させていただいています」と看板を掲げる会社が目立つ。盛夏には、都心のオフィスでもポロシャツ姿の人をよく見る。
IT企業や小売業の店頭など、冬でもスーツを着ない職種も増えている。矢野経済研究所によると、スーツ市場は、2007年度の3099億円をピークに市場が縮小し、13年度は2183億円となった。6年で約3割も市場が縮んだのだ。今のところ、その後も市場が回復する気配はない。
「両手が空く」利便性の重要さ
(2)は、外出や出張の多い人ほど思い当たるはずだ。外出先でも仕事のメールや書類、資料を見られるようになった半面、どこまでも仕事が追いかけてくる。かなり前から、平日の東海道新幹線の座席は“移動オフィス”となっている。クラウド化が進んだことで「PC持ち出し禁止」の会社も減った。ノートPCやタブレット端末を持ち歩く人は、以前よりも確実に増えている。
もうひとつ指摘したいのは、(3)気象の変化とそれに伴う消費者意識だ。地域を限定した詳細な気象情報が増え、天気予報の的中確率も高くなった。たとえば「夕方から雨が予想されるので、お出かけには折りたたみ傘を持ったほうが安心できます」という情報を入手すれば、傘をカバンに入れて出かける人が増える。こまめに水分を取る人も多く、通年でペットボトル飲料を持ち歩く人も増えた。リュックも飲料の収納が“標準機能”となった。
傘を使うにしても、ペットボトルを飲むにしても、「両手が空く」というリュックは便利だ。「消費者の心理的な障壁を取り除くこと」はマーケティング理論の王道である。「カジュアル化」「IT化」「消費者意識」という3つの点で、リュックは現代のビジネスパーソンに支持されている。スーツにリュックを背負う人は、今後も増えそうだ。
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。