「私は宏池会、石橋湛山の流れにある。“左派”ではない」
――立憲民主党の理念あるいは立ち位置を、再確認させてください。
【枝野】1つ目は立憲主義を回復させる。2つ目は、いわゆる草の根の民主主義、まっとうな民主主義を取り戻す。民主主義とは、たまたま議会で多数派を取った者が、選挙民から白紙委任をされたことではないのです。個別のテーマになると、議会の多数派の意思と民意がずれるのはむしろ普通なのだから、しっかりとその草の根の声に耳を傾けて、政治を進めるべきです。3つ目は、トリクルダウン型(富裕層がさらに豊かになれば、しずくがこぼれ落ちて全体も豊かになるという考え方)の経済社会運営ではなくて、ボトムアップ型の経済再生を図る。
――立ち位置というと、どうしても右派、左派、あるいは中道という言い方のほうが、わかりやすい。そういう捉え方は古いのでしょうか。
【枝野】私は、そういう概念とは別次元に立っていると思っています。右か左かではなくて、上からか下からかというのが、国際的に見ても、21世紀の対立軸だと思います。
つまり、豊かなものをより豊かにしてトリクルダウンを起こすという考え方か、むしろ社会を下から支えて押し上げる。つまり、格差を小さくしていくことによって、消費も拡大していき、経済を成長させていくボトムアップ型かが、この対立軸だと思います。
――それならば「中道左派」みたいな言い方のほうが、わかりやすいのでは。
【枝野】日本における左派の定義は、国際的なものとは違うと思います。それに所得分配政策は、それこそ自民党の保守本流もやってきた。その分配政策に重要度を置くという意味では、私自身は宏池会(池田勇人元首相が設立した自民党の派閥)の思想的な流れにある。あるいは石橋湛山(第55代首相)の流れにあると、自分は思っています。彼らを左派とは言わないですよね。
――憲法改正論議が本格化します。これに対する基本的な姿勢は。
【枝野】憲法がいい方向に変わるのであって、なおかつ変える必要があるのであれば、それには積極的に取り組みます。悪く変わることに対しては、断固として戦います。少なくとも憲法第9条違反の法律をつくってそれを追認するようなことは、立憲主義論としてありえない。今の集団的自衛権の考え方は、自衛権行使の限界が不明確かつ広範にすぎる。したがって「立法論」としてもありえないという立場です。