日本企業に共通する「撤退が苦手」

上述したような手順を踏み、慎重な検討の結果、投資が決まったとしよう。しかし、シナリオどおりに物事が進むわけでない。次々と災難が降りかかってくることもある。このような場合に問題となるのが、「撤退が苦手」という日本企業に共通する弱点である。止める勇気、換言すれば、「勇気ある撤退」「良い意味での朝令暮改」ができない傾向がある。

撤退が遅れた例は数多い。パナソニックのプラズマ事業や東芝のウエスティングハウスと原子力事業が典型例である。また、自動車関連ビジネスに進出したオムロンやパナソニックは、低収益性に苦しんでいると推察される。家電企業のスマートフォンビジネスやPC事業は、間違いなく採算割れを起こしているが、なかなか撤退ができていない。

一方、撤退をスピーディに実施している企業も存在する。イオンは、採算面で苦戦している店舗を次々と閉鎖する一方で、郊外型の大型ショッピングセンターであるイオンモールの開発を進めている。

相場の格言にも「見切り千両、損切り万両」というものがある。優れた経営者や成功している起業家は「早期撤退はビジネスの基本」であることを知っている。しかし、このような人は多くはない。そこで、次に示すような方策を持つことが大切になる。

その方策とは、投資案の採択と合わせて、投資後の事態を見ながら、Go/Not goを判断するルールを確認しておくことである。具体的には、累積損失が一定額に到達した時に、採択された投資案に対してどのような対応をするかを、例外を認めずに審議すると決めるのである。累損を積み上げながら、そのまま放置されている投資が少なくないので、このルールを決めておくだけで、問題を俎上に載せる効果がある。トップマネジメントも判断ミスをする。それは、ありうることである。トップマネジメントの仕事は、GOだけではない。Not goを決めることも大切な仕事である。

適切な判断を行うためには、その時点で撤退をする場合について、後処理業務の網羅的リスト、後処理に必要となる経営資源、事業撤退に必要な期間などの情報が必要となる。また、事業等を継続する場合に必要な措置に関する諸情報、テコ入れのために追加投資を行うなら、追加投資に関する情報を準備する必要があることは言うまでもない。投資は企業の将来を左右する極めて重要な意思決定である。それゆえに、投資を判断するだけでなく、うまくいかなくなったときの上手な撤退方法についても、投資決定時にあらかたは決めておくことが必要である。(本連載は隔週月曜日に掲載、次回は12月25日の予定です)

加登 豊(かと・ゆたか)
同志社大学大学院ビジネス研究科教授(神戸大学名誉教授、博士(経営学))
1953年8月兵庫県生まれ、78年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)、99年神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年同大学院経営学研究科研究科長(経営学部長)を経て12年から現職。専門は管理会計、コストマネジメント、管理システム。ノースカロライナ大学、コロラド大学、オックスフォード大学など海外の多くの大学にて客員研究員として研究に従事。
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