パナソニックや日立製作所といった大企業が、若手社員を新興国のNPOやNGOに派遣する「留職」を始めている。平均期間は約3カ月。短期間だが、確実に社員の意識を変えるという。プログラムを手がけるのは、外資系コンサルティング会社出身の35歳。なぜエリートコースを捨てて、挑戦したのか。ジャーナリストの田原総一朗氏が聞いた――。
ジャーナリストの田原総一朗氏とNPO法人クロスフィールズ代表理事の小沼大地氏

シリアで見つけた人生の目標

【田原】小沼さんは小学生のころ、その後の自分のキャラクターを方向づける経験をされたそうですね。

【小沼】小学1年生の国語の授業である文章の感想を聞かれて、少し変わったことを話しました。すると先生は、模範的な回答をしたほかのクラスの子と僕を討論させた。いまでいうディベートです。最初はクラス40人が半分に分かれて議論していましたが、僕の側は1人減り、2人減りで、最後は1対39に。このまま続けると泣いてしまうギリギリのタイミングで、先生が「はい。小沼君に拍手」といってタオルを投げ入れてくれました。

【田原】それでどう思ったの?

【小沼】授業の後、友達から「おまえ、意外にやるじゃないか」的なことをいわれました。そこで感じたのは、変わった主張でも、それをいい続けると賞賛されることもあるということ。承認欲求が満たされたことが気持ちよくて、それから人と違っても臆せず自分の意見をいい続けることが僕の軸になりました。

【田原】大学は一橋大学。友達はみんな就職したのに、小沼さんは青年海外協力隊に入った。なぜですか?

【小沼】もともと教師になりたかったのですが、少しは就活しようと思って、部活のOBに会いました。大企業のサラリーマンから学校の先生までさまざまな先輩に会いましたが、話が1番おもしろいと思ったのが青年海外協力隊の方でした。会社の人は「うちの会社は~」、先生も「うちの学校は~」と所属している組織を主語にして説明してくれましたが、青年海外協力隊の人は「俺はスリランカでこんな体験をした」と自分を主語にして話してくれた。僕が将来教師になったとき、こんなふうに1人称で話せたらいいなと思って、青年海外協力隊に入りました。