従業員の暴走を防ぐには
私が実際に企業からヒアリングしたジョブ・クラフティングのケースを3つ紹介しましょう。
ある企業で働くAさんは、会議室の予約業務を担当していました。複数の部屋がある中で、希望が集中する人気の部屋がありました。そのため、希望が重複して断らざるをえないことが多く、それがAさんには負担だったそうです。あるとき、会議室をリニューアルすることになり、Aさんは手を挙げて、そのプロジェクトメンバーに選ばれました。これまでの経験から、どのような部屋が好まれるかをよく知っていたAさんは、その知識を活用できると考えたのです。リニューアルの結果、かつてのように一部の部屋に予約が集中することはなくなり、会議室使用の効率がよくなりました。Aさんにとっても、負担に感じていた断る仕事が減り、仕事の内容をよい方向に変えることができました。
Aさんのケースのように、新たなプロジェクトが始まるときは、ジョブ・クラフティングを実現しやすいタイミングと言えます。逆に、伝統や慣例を打ち破ろうとするようなジョブ・クラフティングは、周囲の抵抗に遭う可能性が高まります。ベンチャーや成長企業などでは、ジョブ・クラフティングのチャンスはそこかしこにありそうですが、伝統的な企業で業務も確立しているような場合には、変化が生じるタイミングで取り組めるように準備をしておくことが大切でしょう。
IT企業に勤めるBさんは、本社で決めた方針を各支社に徹底させるマネジメントを担っていました。しかし、上意下達で一方通行の役割に違和感がありました。上司に交渉して、担当業務を遂行するかたわら、現場のSEの意見を集約するアンケートを実施しました。現場からの声をすくい上げ、本社に伝える仕組みをつくることで、自分の役割に納得感を得られたそうです。既存の業務を変えずに、新たな仕事を付加することは、既存の業務を変えるよりもやりやすい傾向があります。
最後に紹介するのは、老舗の食品会社の店長を務めるCさんの例です。海外からの旅行客が多く訪れる大通りに面したCさんの店舗は、伝統を重んじて、昔ながらの大きな暖簾が入り口にかけられていました。伝統的な趣はありましたが、店内がよく見えず、海外の旅行客には何の店なのかよくわからず、なかなか入店してもらえません。そこでCさんは、伝統を重んじつつ、外国人旅行客にも入店してもらえるような店構えに変更を行いました。大きな暖簾は店の一番奥に掲げて老舗の趣は残しつつ、店頭の暖簾は小さくし、商品が一目でわかるように展示しました。このケースのポイントは、伝統を重んじるという会社の方針のために、店構えを変えられないと諦めるのではなく、代替案を考えて周囲を説得したところです。
ジョブ・クラフティングの話をすると、人事担当者や管理者から「従業員が好き勝手に仕事を変えると、組織として成り立たなくなる」という声が上がります。なかには、“暴走するクラフター”が存在するのは事実です。それを防ぐためには、何のために仕事を変えるのか、その目的を本人と組織が共有したうえで取り組むことです。
ジョブ・クラフティングがうまくいかないケースを見ると、大抵、タスクを変えただけで、人間関係を変えていない場合が多いものです。タスクを変えただけでは、周りとの連携がうまくいかなくなってしまいます。タスクを変えると同時に、上司や周囲に意見を求めたり、フィードバックをしたりすることによって、自分もやりがいを感じられ、組織にも貢献できるジョブ・クラフティングが実現できます。タスクと人間関係を、バランスよく変えていくことが重要です。