電通の若手社員の過労自殺など、新聞やテレビで「労働基準監督署(労基署)」による取り締まりが報じられる機会が増えている。では「労基署」とはどんな組織で、どのような業務を行い、そこで働く労働基準監督官はどこを見ているのか。労基署の元署長に、その実態を聞いた――。

最も注力するのは「長時間労働」による法令違反取り締まり

2015年3月まで、28年にわたり労働基準監督官を務めた特定社会保険労務士の八木直樹氏によれば、いま労基署が注目している労働問題は「長時間労働」だという。

電通の社員過労自殺事件は、社長の辞任にまで発展した。(AFLO=写真)

「労基署は、違法な働かせ方をしていないか、事業場ごとに日頃からチェックしています。労基署が扱う労働問題の範囲は、残業代の未払いや、過労死の労災認定、企業から学生バイトまで非常に幅広い。そのなかでも、社会的な変化のなかで、とくに大きく取り扱われる問題が出てきています」

たとえば、昨年、軽井沢へのスキー客を乗せた大型バスが事故を起こし、多数の死傷者を出した事件。事故はバス運転士の過酷な労働環境ゆえに起こったのではないかと、問題視された。八木氏は、「あの事故によって、バス会社に対する労基署の目は厳しくなった」という。八木氏は続ける。

「労災認定をされた電通事件などの影響は大きいです。厚労省はいま、東京労働局、大阪労働局で『過重労働撲滅特別対策班』(「かとく」)を個別に設けるなど、取り組みを強化しています」

労基署で働く労働基準監督官は麻薬取締官などと同じ特別司法警察職員。意外と知られていないが、労働に関する捜査では警察官と同等の権限を持っている。

「取り扱うのは、労働関係の法令に関する案件のみで、窃盗犯などには権限は及びません。しかし労働問題については、逮捕、捜査、捜索差し押さえの権限を持っています。監督官は行政指導のみならず、捜査・逮捕もできるのです。ほとんどが書類送検で、逮捕件数は多くはありませんが、違法行為をした人物の逮捕令状をとり、検察に身柄を送検することもあります」(八木氏)

労基署には企業・経営者側からの問い合わせもあるが、やはり多いのは労働者側からの相談、情報提供で、その件数は年々増え続けている。ただの相談で終わることも多いが、法令違反となれば捜査や立ち入り調査となる。