『大学教授になる方法』(鷲田小彌太著)は、建前や綺麗事を排したリアルな内容が大いに話題になった。実は私も就職時に参考にさせてもらった一人だ。初版は15年以上も前だが、今読んでも全く古びていない。
さて、この名著のどこにも書いていないような方法で大学教授になった人がいる。本書は、専業主婦だった女性が36歳を境に人生を一変させ、様々な紆余曲折を経て産業能率大学の教授になるまでの自伝である。
幼なじみの男性と結婚した著者は、3人の子どもにも恵まれ、順風満帆な人生を送ってきた。大卒後、大手百貨店で企業内研修のインストラクターをしていたキャリアにも特段の未練はなく、妻・母・嫁といった役割を懸命にこなす。
雲行きが怪しくなってきたのは、電器メーカー勤務の夫が海外赴任してからだ。態度が少しずつおかしくなり、背後には現地女性の影が……。家族そろっての中米コスタリカでの海外生活を終えて程なく、夫は失踪した。「今後のことは、どこそこの弁護士に相談して」というシンプルな置き手紙を残して。
苦闘の日々が始まる。残された子どもたちは一番上がようやく小学生で、下はまだ乳飲み子。子どもを3人抱えてと、口で言うのは簡単だが、長い主婦生活の後、女性一人で職を得て生活を成り立たせることは並大抵ではない。著者は、コネクション、実母、公的扶助など使えるものは何でも使い、たくましくがむしゃらに生きていく。
人に恵まれ、チャンスを掴み、少しずつステップアップしていく様子は読んでいて爽快だ。だが、彼女は決してけなげな「悲劇のヒロイン」ではない。実は結構計算高くて、自己中心的で、3人の幼い男の子たちを家に残して頻繁に職場の同僚と飲みにいったりもする。傍から言うのは失礼かもしれないが、元夫に対しても意外なほど未練たらしい。自伝にありがちな美化、都合の良すぎる話がない点がいい。
最終的に教授職を得る核心部分は本書に譲るとして、彼女の成功要因を私なりに3つ挙げてみよう。(1)日々の生活に追われながらも、隙あらば自分の得意な方向に仕事をもっていこうと努力し続けた。(2)再就職後は転職を繰り返しながらも、ブランクをつくらなかった。(3)息子たちが(こっちをドラマの主人公にしたいほど!)いい子だった。
もちろん著者も専門の理論を用いて自己分析しているが、やはり自分のことだからか、多少遠慮がちだ。「キャリアデザイン」の授業は大学で評判と聞くので、今後はこちらの方面の本もぜひ書いてほしい。
私は妻に本書を勧めてみた。今さらキャリアアップを目指してほしいわけではない。「この、とんでもない失踪夫と比べたら、ボクはずっとマシでしょ」というメッセージに気づいてくれたら……。そんな私の願望をよそに、愛する46歳の妻はタイトルで手遅れと思うのか、いまだ頁をめくる気配がない。