日本の価値観が社会課題を解決する

現在の日本のような成熟した社会は、まさにこの段階にきているのではないかと思います。物質的によりよい生活を求めるよりも、今の生活を是として、その中に精神的な喜びや幸せを求める。あるいは、自分だけでなく、周りの人と一緒に幸せになるにはどうすればよいか。こうした、貧困とは異なる、より高いレベルの社会課題を対象としたCSVを、私は日本版CSV(J-CSV)と呼んでいます。

例えば、日本は世界で最も安心で安全な社会を築いていると言っていいでしょう。また、最近になって日本食や和紙が世界遺産に認定されるなど、日本の伝統的な価値観が世界に認められつつあります。それは、より具体的に言えば、持続可能性、健康、心地よさ、精神的な豊かさといった価値観であり、前述のような社会課題を解決するヒントになるものだと思います。

これを、服の世界で考えてみましょう。これはファーストリテイリング会長兼社長の柳井正さんがよく話すことですが、服というのは、昔は「生理的欲求」「安全欲求」のレベルで、外敵や天候の変化などから身を守るためのものでした。それが、次の段階に進むと、自分を着飾ったり、自己主張したりするためのものになりました。さらにその次の段階が、「自分らしさを着こなす」ことです。無理をせず、自分にとって快適なものを着ること。それは退化ではなく進化だというのが、柳井流の服に対する考え方です。

普遍的な定番商品を追求する

ユニクロはいつの時代にも通用する「定番商品」を追求する。(時事通信フォト=写真)

ファーストリテイリングのステートメントは「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」です。「本当に良い服、今までにない新しい価値を持つ服を創造し、世界中のあらゆる人々に、良い服を着る喜び、幸せ、満足を提供します」というミッションそのものがCSVであると柳井さんは考えています。

その考えを具現化したのが、「ライフウェア」「コンポーネントウェア」という2つのコンセプトです。「ライフウェア」とは、着心地がよく、機能性が高く、高品質でありながら手頃な値段で購入できる日常着のことです。フリースやヒートテックなどはその代表例です。他のファッションブランドは流行を追求します。しかし、流行の製品は旬な時期に売り切らなければならず、持続可能なビジネスモデルとは言えません。それに対してユニクロが追求するのは、いつの時代にも通用する普遍的な定番商品なのです。

もう1つの「コンポーネントウェア」は、「部品としての服」という意味です。一般にファッションというのは排他的なもので、同じブランドでそろえないと統一感が生まれにくいものです。それに対してユニクロの製品は、デザインやブランドの個性をあえて前面に出さず、他のブランドと合わせやすいようにつくられています。

ユニクロが取り組んでいるのは、日本が伝統的に強みとしてきた「派手さはないが、クオリティ(質)は高い」という価値観の世界展開と言えます。この価値観が、世界中で受け入れられたのです。よく「匠の世界」と言われるように、質へのこだわりは、日本人の美徳と言えます。ややオーバークオリティな面もありますが、それが心地よさや精神的な豊かさに結びつくほど、高いレベルを保っているのは、日本の1つの文化遺産だと思います。これはあらゆる産業に共通するものです。